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『キュルケ怒りの鉄拳 その1』 数時間後、部屋に戻るとルイズは床についていた。 ベッドの上には、おそらく「サモン・サーヴァント」にまつわる本だろう、 数冊、数十冊の書物が雑然と積み重ねられ、 その間に挟まるようにして仰向けに倒れていた。 途中で力尽きてしまったか。ランプはつけっ放し、服さえ着替えていない。 ルイズはルイズで大変そうだったが、 ドラゴンズ・ドリームにもやらねばならないことがある。 ひそひそと囁かれる陰口、品の無い馬鹿話、シュールなジョーク、 教師のぼやき、とりとめの無いおしゃべり、思わず出た独り言。 これら各所で盗み聞きしたものに各人の吉凶とパーソナリティーを加え、情報収集は概ね完了した。 あとは集めた情報から取捨選択を繰り返し、必要なもののみを取りまとめ、現況を知ろうとはかる。 ここはハルケギニア大陸のトリステイン王国であり、この学校はトリステイン魔法学院である。 宗教学校ではなく魔法学校だったというわけだ。 空を飛ぶのも魔法、火を出すのも魔法、ページをめくるのも魔法。 便利なものだ。その調子でスタンドも見つけてほしい。 ここで魔法を学ぶものは例外なく貴族である。 ビッチ系ビッチとは一線を画す何かがあるとは感じていたが、貴族だったとは。 月明かりのベランダで恋人と差し向かいにワイングラスを傾けたり、 妖しげな仮面をつけて舞踏会で踊り明かしたりしているということか。 なかなか楽しそうではある。 魔法には様々な系統がある。 スタンドに近距離パワー型があったり遠隔自動操縦があるのと同じだろう。 ルイズは常に魔法を失敗する。 そのことからついたあだ名は、ゼロのルイズ。 エリートの中の落ちこぼれというわけだ。 落ちこぼれ以前の状態になってしまったドラゴンズ・ドリームは身につまされる。 ギーシュは皆に不幸を振りまく。 近いうちに何かが起こるはずだが、それが何かは分からない。 キュルケの活躍に期待しておくとしよう。 現在は新学期への移行期間である。 これは大して重要ではない。問題は次だ。 使い魔を召喚できなければ二学年へ進級することはできない。 キュルケの挑発、普段の魔法成功率、草原でのやり取り、その後のルイズ。 これらの事実から、ルイズはサモン・サーヴァントに失敗したらしい。 まだ留年が確定したわけではないが、チャンスは明日一日のみ。 挑戦だけなら何回もできるだろうが、時間的にも体力的にも限界がある。 まだ使い魔を召喚していないのはルイズだけではないし、 他の予定を押してまで個人を優先させるわけにもいかないだろう。 ルイズの焦燥感たるや並々ならぬものがあるはず。 主な情報は以上だ。 だが、他の人間が知らない、この学園の中ではドラゴンズ・ドリームしか知りえない情報もあった。 「実のトコよォ……ルイズは召喚成功してンじゃネェーの?」 本体を失ったばかりのドラゴンズ・ドリームが、あの草原にあらわれた。 泥棒のアンラッキーパーソンは、存在しないはずのルイズの使い魔だった。 ほんの少し、わずか、ちょっぴり、注意しなければ気がつかないほど微かだが、 他の人間よりもルイズを重視しているような気がしなくもない。 中立を旨とするスタンドとしては異例中の異例だ。 使い魔としての召喚がドラゴンズ・ドリームに作用しているとしか思えない。 使い魔は「サモン・サーヴァント」で召喚し、 「コントラクト・サーヴァント」で契約しなければ正式な使い魔として認められないらしい。 つまり、ルイズは召喚に成功したものの、 ドラゴンズ・ドリームが不可視だったゆえ存在に気づかず、 召喚は失敗してしまったのだと思い込んだ。 そのために「コントラクト・サーヴァント」をすっ飛ばし、 ドラゴンズ・ドリームは非常に中途半端な状態で漂っている。 「オレの方から契約スりゃイイッテことかァ?」 そうすればドラゴンズ・ドリームの立場は完全に固定される。 使い魔と主の間は強い絆で結びつき、 ルイズはドラゴンズ・ドリームの姿を見、声を聞くことができるようになる。 だがそう簡単に契約していいものだろうか。クーリングオフの制度があるとは思えない。 とりあえずメリットとデメリットを比べてみよう。 メリット。 ドラゴンズ・ドリームの存在を認めてもらえる。 話し相手ができる。しかもルイズだ。 能力を役に立ててもらえる。きっとルイズなら使いこなす。 ルイズがゼロと呼ばれることはなくなるだろう。喜ぶに違いない。 デメリット。 契約すれば、残り半生を使い魔として費やすことになる。 主人のため身を粉にして働かなければならない。 「スタンドなんだから当たり前ジャねェーの?」 ルイズの使い魔。本当にそれでいいのだろうか。 「ソリャいいダロ」 他の使い魔達が食堂や寝室には入れてもらえないところから察するに、 待遇的には奴隷か家畜、せいぜい愛玩動物だ。 「今まで通りッてコトネ」 確実に行動範囲が小さくなる。 「ヤッパ今まで通りダねェ……アレ? 悪くないンじゃネェーの使い魔」 契約の仕方は分かっている。お姫様とキスをすればいい。 ベッドの上のルイズはどことなく屈託のある様子で眠っていた。 夢の世界でも焦燥感と緊張感を感じ続けているのか。 白く柔らかそうな頬の上には涙の通った跡がある。 ドラゴンズ・ドリームはベッドの上まで浮遊し、真下を向いてルイズと顔を合わせた。 「……後で怒られタリしネェーヨナ?」 少し迷ったが、結局のところはルイズのためだ。 思い切ってルイズに向かう。 「……そういやオレファーストキッスダな」 あと三十センチ。二十センチ。十センチ。五センチ。 唇同士が触れ合う直前でルイズの口元が消し飛んだ。
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フーケ捕縛から数日経ったが未だイタリアへ戻る手段は見つかっていない。 左手のルーンは『ガンダールヴ』の印というもので始祖ブリミルの使い魔で武器全般に精通していたらしく パンツァーファウストの使い方が分かったのもこれの効果らしかった。 グレイトフル・デッドを使い敵を排除してきたため今まで気付けなかったのだが武器なら特になんでもいいらしく発動するらしい。 「ふん…スピードとパワーが上がっているが…本体に上乗せされる形みてーだな」 デルフリンガーを持ち試してみて確認できたのは 1.本体のスピードとパワーの上昇 2.武器の使用方法が理解できる この二つだ。 スタンドも同時に発動させてみるが、グレイトフル・デッドの破壊力と精密性とスピード自体は上がっていない。 直触りに関しては、本体が直触りを仕掛ければ済むが片手が塞がってしまう事で攻撃は弾いたりする事は可能だが直は片手のみで行う事になる。 「本体のパワーアップか…スタンドの能力を重視するか…か。両方できりゃあいいんだが、そう都合よくはいかねぇもんだな」 錆を落としながら (リゾットならメタリカですぐ落とせるんだろうがな) と思っているとデルフリンガーが口を開いた。 「兄貴ィ、兄貴の横に居る化物は何なんだ?」 「……オメー、スタンドが見えているのか?」 「見えてるというより感じていると言った方が正しいぜ」 「まぁ剣が話してる事自体異常だからな…感じ取れても不思議じゃあねぇが」 「それにしてもおっかねぇよなぁ…夜に他のヤツが見たらぜってー茶ァ出すね」 「違いねぇな」 茶の部分はスルーし、己のスタンドを改めて見る。 下半身は存在せず胴から下は触手が『ウジュルジュル』と言わんばかりに蠢き無数の眼を持ちそこから煙を出しながらにじり寄ってくる化物を夜に見れば誰だってビビる。 ペッシが初めてグレイトフル・デッドを見た時なぞ本気で泣いていた事を思い出す。 もちろん説教に突入したのは言うまでもないが。 錆落としと印の効果を試し終えると、爆睡かましているルイズを叩き起こし授業へと向かう。 正直興味は無いが『護衛』継続中であるからには一緒に出ておかねばならない。 適当にルイズの近くの席に座る。 さすがにこの段階になって誰もその行為にケチ付けようとする者は居ない。 そこに新手の教師が現れる。 長めの黒髪に漆黒のマントを纏い冷たい外見と不気味さを併せ持った男だ。 「…雰囲気がリゾットに似てるな」 「リゾット?誰それ」 「オレ達のリーダーだ」 男が『疾風』のギトーと名乗った。 外見に反して結構若いらしく、その辺りもリゾットに似ている。 だが、性格そのものはリゾットとは大違いで一々人を挑発するような言い方をする。 (夜道に後ろから刺されるタイプだな) 率直にそう思う。 プロシュート自身、些細な恨みを積もらせ殺されたヤツを腐る程見てきた。 挑発に乗ったキュルケが直系1メイル程のファイヤーボールを作り出しギトーに向け放つが ギトーは腰に差した杖を引き抜きそのまま剣を振るような動作で烈風を作り出し火球を掻き消す。 その烈風に吹っ飛ばされキュルケがこっちに吹っ飛んでくるが避けるのも何なので一応受け止めた。 それが元でルイズとキュルケが睨み合いを始めるがギトーはそれを無視するかのように解説を続ける。 「『風』は全てをなぎ払う。『火』も『土』も『水』も『風』の前では立つことすらできない 試した事は無いが『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。つまり……『風』が最強だぁぁぁ!はらしてやるッ!!」 もちろん様々なタイプのスタンド使いと戦ってきたプロシュートはそうは思わない。 地形、相性、策、他にも色々あるが様々な要因で勝敗が変わる事を身を以って知っている。 グレイトフル・デッドの老化がギアッチョの氷に通用しないがリゾットの磁力では氷を突破できる事を。 そしてまたリゾットが姿を消したとしても自分の能力ならば見えなくとも攻撃できる。 ホルマジオがよく言っていたが要は使い方次第で幾らでも変わるのだ。 ギトーがヒートアップしながら 「カスのくせによォォ~~ええ!ナメやがって、てめえ!」 と呟いているがそこに妙な格好をしたコルベールが乱入してきた。 プロシュートが思わず(どこのルイ14世だ)と突っ込みを入れたくなるぐらい不似合いな格好で。 その慌てている様子から見てかなりの大事なのだろうと予想を付ける。 コルベールが授業の中止を告げると教室が歓声が上がった。 「本日先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニア御訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸されます」 早い話偉い人が来るから出迎えの準備を生徒全員で行うという事である。 魔法学院の正門を通り王女を乗せた馬車を含めた一行が現れるのと同時に生徒達全員が杖を同時に掲げる。 北の将軍様も驚きのタイミングだ。 オスマンが馬車を出迎え絨毯が敷かれ馬車の扉が開き先に男が先に外に出て続いて出てきた王女の手を取った。 同時に生徒達から歓声が沸きあがる。 「随分と人気があるみてーだな」 「当然じゃない、トリステインの花って言われてるのよ」 だがプロシュートの興味は王女より鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に乗った羽帽子の男を見ていた。 (マンティコア…いやグリフォン…だったか?メローネがやってるゲームで見た事あるが 貴族ってのはマンモーニばかりだと思っていたが…やりそうなのも居るじゃあねーか) ルイズやキュルケもその男に視線がいっているのだがプロシュートも見ているため気付いていない。 三者三様の視線が浴びせられている事も気付かず男は去っていった。 夜になり部屋に戻ったルイズとプロシュートだがルイズがベットに腰掛けたまま動こうともせずポケーとしている。 別にプロシュートにとってはどうでもいいのだが何時もと違う様子にはさすがに違和感を感じていた。 しばらく何もしないでいると、プロシュートの顔が瞬時に暗殺者のそれに変化したッ! (……一人だが…抜き足差し足でこっちに向かってきてるな) その時ドアがノックされた。 規則正しく長く2回、短く3回ノックされそれを聞いたルイズがハッと気付いたかのように反応した。 だがスデに警戒態勢に入っていたプロシュートの方が早い。 急いで着替えているルイズを尻目にドアを慎重に開ける。 真っ黒な頭巾を被っていた人が部屋に入ってきたのを見た瞬間――― 「きゃ……ッ……ッ…!」 プロシュートが流れるような動きで叫ばれないように口を押さえ押さえ込むようにそいつを地面に押し付けていた。 「…オメーみたいにあからさまに怪しいヤツってのも今時珍しいが そんな格好で人の部屋に入ってくるって事は賊とみなされても仕方ないって『覚悟』してきてるんだろうな」 言いながら、頭巾を剥ぐがそれより先に何かの魔法を使われた。 「ーーーッ!グレイトフル・デッド!」 何かの魔法を使われたからには老化させるしかない。その結論に達し直触りを仕掛けようとした刹那―― 「やめてプロシュート!そのお方は姫殿下よ…!」 慌ててそう叫んだルイズが膝を付いた。 その声に瞬時に反応し直触りを中止する。 頭巾を剥いだ顔を見る、興味が無かったためあまりよく見ていなかったが確かに昼間見た王女だった。 それを確認し、拘束を解くがまだスタンドは何時でも触れられるようにしてある。 アンリエッタが多少苦しそうに、だが凛とした声で言った。 「お久しぶりね…ルイズ・フランソワーズ」 ←To be continued 戻る< 目次 続く
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教室は石造りのいわゆる階段教室だったが、部屋に入るサイズの物だけとは言え、使い魔となった 様々な生物が最後部に並んでいる所だけはジョナサンの「教室」の概念からかけ離れていた。 一部の使い魔はイギリスで見慣れた種類の動物なので猫だ烏だと見分けが付いたが、古代ギリシアの伝説やおとぎ話に出てくるような妖怪変化の類になると名前はおろか動物なのかどうかも外見だけでは分からなくなってくる。 ルイズは生徒用の席と立ち並ぶ使い魔、そしてジョナサンを何度か見比べてから、 「椅子に座ってなさい。あんた図体が大きいから立ってると他の使い魔の邪魔よ」 と自分の席の左隣を指差す。 「仰せのままに」 ジョナサンは大きな体を長椅子の端に押し込む。 ルイズがちらりと顔色を伺うが何を考えているかは掴めない。 その後数人の生徒が入ってきた後で、教師と思しき年かさの女性が入ってきた。 教師は「赤土」のシュヴルーズと名乗り、教室に並ぶ生徒達の顔をざっと見回す。 「皆さんが無事に『春の使い魔召喚』を済ませたのを見て、私も誇りに思います。 中には珍しい使い魔を召喚した方もいるようですが」 教室中の視線がルイズとジョナサンに集まる。 「おや?ヴァリエールの使い魔は平民じゃあないか!確かにこいつは珍品だ!」 「さすが『ゼロ』!オレたちにできない事を平然とやってのけるッ、そこにシビれる!あこがれるゥ!」 劇がかった口調で数人の生徒がはやし立て、「ルイルイルイズはダメルイズ…」の合唱に入ったところでシュヴルーズの杖が振られると、 「使い魔は術者の術の表れ。そして召喚した使い魔はメイジにとって己の半身に等しい存在なのです。 使い魔を侮辱する事はメイジを、そしてメイジの操る魔法を侮辱する事に他なりません。猛省なさい」 途端に歌声が止む。 ジョナサンが肩越しに後ろを伺うと、生徒の何人かがせっせと口中から粘土を掻き出していた。 「では授業を始めます。皆さんは私とこれから一年間『土』属性の魔法について…」 毎年ごとに繰り返す口上をそらんじながら、シュヴルーズはほぼ満足だった。 教師が生徒にナメられないコツ、それは教室の中では誰がボスなのか、最初にその事をアホガキどものクサレ脳ミソにはっきりと刻み込むこと。 そのために効果的な手段が授業の障害となる問題児の実力排除。 今年はミス・ヴァリエールをダシにして即座に問題児をあぶり出せたので楽でいい。 決め台詞も噛まずにバッチリ決まった。 ただ今年のクラスにおける最大の不安要素もまた、ミス・ヴァリエールだった。 学業成績は優秀、素行にも問題点は無し、そのくせ実技成績のみ最下位をキープし続けている、学園創設以来の規格外。 教室全体に目を配るフリをしながら、シュヴルーズは常にミス・ヴァリエールを見張る。 彼女に魔法を使わせる口実を探すために。 授業中もルイズの心中は穏やかではなかった。 ミス・シュヴルーズがバカどもを黙らせた手腕は鮮やかだったが、結局使い魔をダシに自分が侮辱されたことには変わりはない。 (そもそもこいつが来なければ…) 苦々しく左に座るジョナサンを見ると、ミス・シュヴルーズの講義に神妙に聞き入っており、更に石を練成し、青銅へと変えた時には相当驚いた様子だ。 (そうそう、少しはメイジに対し敬意を払って欲しいわね) チャンスが来た。 咳払いを一つ。声を張り上げる。 「ミス・ヴァリエール!授業中によそ見をしているという事は、授業の内容を既に理解しているのですね?」 「あ!はいっ!」 ミス・ヴァリエールは慌てて立ち上がり(いい反応だ)、 「では前に出て、実際にこの石を『錬金』で金属に変えてみてください。青銅でなくとも結構ですよ」 「…もう、あんたのせいよ!」 道を譲る使い魔の平民に言い捨てて、緊張した面持ちで教壇に上がる。 教室からはクスクスと笑い声が聞こえる…かと思ったが不安そうな囁きしか聞こえない。 既に身構えている生徒もいる。 「あの…ミス・ヴァリエールに魔法を使わせるのはやめた方が…」 水を差すのはミス…ツェルプストーか。 どう言い返そうか思案していると、 「やります。やらせてください」 ミス・ヴァリエール自身から申し出がある。 (意欲はあるのね…結構。ではお手並みを拝見) 「ではお願いしますよ」 シュヴルーズは笑みを浮かべる。 駆け出しの「ドット」メイジでも道端の石を卑金属に変える程度なら造作も無い。 (…はずなのよルイズ、集中するのよ…) 頭の中で組み立てた術式を三度見直し、 (青銅でなくてもいいから、鉛でも錫でも亜鉛でもいいから、せめて何か金属に変わりなさい…) 口訣で魔力に術式を刻み、杖を介して石に注ぎ込む。 純粋元素に還元された石が一瞬輝き、 「うわあぁぁぁッ!『ゼロ』が唱えたああぁぁッ!」 教室中の生徒達が慌てふためいて机の影に隠れるのと同時に、 「ちょっとみなさ…」 事情を理解できていないシュヴルーズの目の前で、爆発した。 爆発で生まれた衝撃波は石が乗っていた机の半分をズタズタに引き千切り、シュヴルーズを黒板まで吹き飛ばし、ルイズに尻餅をつかせる。 砕けた木片は教室のあちこちに飛び散り、窓ガラスを割り、黒板にひびを入れ、制御が失われた使い魔達に当たり大騒ぎを引き起こす。 何が起こるか予想済みの生徒達は全員が石造りの机のお陰で難を避け、そんな中で唯一隠れ損ねたジョナサンは反射的に手を前に伸ばし指を広げ、 「おりゃっ!」 眼前に飛んできた木片を挟み取る。 爆煙と埃が収まった時、魔法を掛けられた石は跡形もなく消えていた。 「…失敗しちゃったみたいね」 スカートの裾を整えつつ言うルイズの声は実に白々しかった。 担当教員のシュヴルーズがのびてしまったため結局授業は中止、元凶のルイズには罰として教室の掃除が命じられた。 「…但し魔法は一切使わないよう頼むよ」 駆けつけた教師は重々しく付け加え、気絶したシュルヴルーズを医務室へと運び出す。 「ありがとよ!『ゼロ』のお陰で楽できたぜ!」 「せいぜい掃除がんばりな、魔・法・な・し、でな」 小馬鹿にする声を勤めて無視。いちいち気にしていたのではこちらが参ってしまう。 「ほら!使い魔なんだからあんたが掃除しときなさいよ!」 ルイズの怒声に立ち上がるジョナサン。 「これは君が受けた罰だ。僕は君を手伝うつもりだが、だからといって授業を中断し教室を使えなくした君が掃除をしなければ、先生が君に罰を下した意味が無くなる」 「う…わ、分かってるわよそんなの!じゃあ手伝いなさい!」 慌ててルイズは教室の隣にある掃除用具入れに向かうが、足を止めて振り向く。 「あとご主人様に逆らったから昼食抜き!」 二人は暫くの間黙々と手を動かしていたが、そのうちルイズがぽつりと口を開く。 「分かったでしょ?何で『ゼロ』って呼ばれているか」 その声には今までのような覇気は無い。 「どんな魔法を使おうとしても失敗するの。いっつも爆発してばかり。 成功率ゼロ。魔法のセンスゼロ。だから私の二つ名も『ゼロ』のルイズ」 ジョナサンは木片を拾う手を止め、 「…君は魔法が『失敗』したから『爆発』した、と考えているんだろうけれど…」 顔を上げ、ルイズの瞳を真っ向から見据える。 「果たして本当にそうかな?」 「な、何でそんな事言えるのよ?」 「授業の内容を思い出していたんだ」 顔を伏せ、また木片拾いに戻りながら話し続ける。 「人間に個性があるように、メイジの操る魔法にもそれぞれ個性がある。 その個性は大まかには地水火風の四元素、どの操作を最も得意とするか、という形で現れる。 『使い魔は術者の特性の表れ』と言ったのも、召喚する際に得意とする元素の要素を何らかの形で持ち合わせた生き物を自然と呼び寄せているからだろう」 「あ、あんた…いつの間に…」 机の上を拭くルイズの手が止まる。 「魔法が失敗した時に普通はどうなるのかは知らないが、少なくとも常に『失敗すれば爆発』という乱暴な結果になるとは思えない。 石の『錬金』に失敗すれば石は石のまま、という方がより自然だ」 立ち上がり、拾った木片をゴミ箱へと持っていく。 「そして僕を使い魔として召喚し、契約を成功させた事からも、僕の見る限り君は魔法を使えるし制御もできていると思う」 「な、何言ってんのよ!あんたみたいな平民を召喚したんだから失敗じゃないの!」 「違う。もし君の言う事が正しいなら、召喚の時も、契約の時も、何かが爆発しているはずだ。 …例えばこの僕自身とか」 両手一杯の木片をゴミ箱に投げ入れる。 「だ、だって、それは練成術と召喚術とでは、原理が…」 語尾を濁らせるルイズ。 「君はこう言った。『魔法を使おうとするといつも爆発する』と」 手に付いた土埃をはたき、もう一度ルイズを見据える。 「だったら逆に考えるんだ。君の魔法は『どんな物でも爆破する』んだ、と考えるんだ」 馬鹿にされた、とルイズはまたまなじりを上げる。 「そっ…そんな魔法聞いた事ないわよ!」 「さあ、その辺は僕も知らない。何しろ昨日召喚されたばっかりだし、魔法についての知識も、せいぜい聞きかじった程度だからね」 腰を反らして伸びを一つ。 「さて、早く掃除を終わらせようか。ご主人様に罰を受けて昼食抜きの僕はともかく、 君まで昼食抜きなんて嫌だろう?」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/633.html
「えぁ…………あいう」 意表を突かれたロングビルは、間の抜けた声しか出せなかった。 「どこに行くのかな? かな?」 再度、問い掛けるルイズは、ロングビルの目をのぞき込んだ。 鳶色の大きな大きな瞳が、ロングビルを射抜いた。 まるで、今日の夕食は何?と聞くかのような、軽い調子だが、 肩から伝わる力が、有無を言わせぬ迫力を醸し出している。 "メコッ"と、ルイズの片手が肩にめり込んで、ロングビルは激痛に喘いだ。 とてもじゃないが、身長153サントの、 小柄な少女が持つ握力とは思えない。 「そそそそその、て、て、て、偵察に、行こうと、思いましたの!ええ!」 「でも、1人だと危ないですわ、ミス・ロングビル。 フーケが潜んでいるかもしれませんもの。 今は、バラバラになることは避けるべきですわ」 ロングビルの必死の言い訳を切って捨てると、ルイズはロングビルをグイグイと廃屋の方へと引っ張っていった。 あまりに強いその力に、ロングビルはなす術がなく、されるがままであった。 廃屋から出てきた3人が、ルイズの姿を捉えた。 「あら、ルイズ。 どこ行ってたの? ミス・ロングビルも」 「いえ、私は、あの………」 「2人で周囲を偵察してたの。 フーケが潜んでいるかもしれないから。 そうよね、ミス・ロングビル?」 キュルケの問いに、ロングビルが答えようとしたが、それをルイズが遮った。 先程のやりとりとは全く食い違うルイズの言葉に、ロングビルは疑問を感じたが、 ロングビルに向けられるルイズの笑顔が、反論を許さなかった。 ロングビルは壊れた人形のように、カクカクと頷いた。 キュルケは、そんなロングビルの様子を訝しがったが、 やがて『破壊の杖』に注意を移した。 「それにしても、やっぱり変なカタチしてるわよね、これ。 本当に魔法の杖なのかしら」 キュルケは思ったことをそのまま口にしていた。 ルイズも同じ感想なのか、タバサが抱えている『破壊の杖』を、 胡散臭そうに眺めた。 ロングビルは、何だか落ち着かないのか、あちこちに視線を移し、そわそわしている。 「…それをかしてくれないか」 輪の外で、同じく『破壊の杖』を眺めていたDIOが、不意にタバサに話しかけた。 その場にいた全員が、DIOを見る。 タバサは暫く考えた後、トコトコとDIOに歩み寄り、『破壊の杖』を手渡した。 『破壊の杖』を手にした途端、DIOの手の甲のルーンが、ぼぅっと光を放った。 「どうしたの? それが何か知ってるの、DIO?」 DIOは、その金属で出来た物体を、しげしげと観察した後、ルイズの方を向いた。 「ふむ……。 『マスター』、やはりこれは魔法の杖などではないぞ」 DIOの言葉に、ロングビルが反応した。 「どういうこと?」 ルイズの再度の質問に答えることなく、DIOは『破壊の杖』を両手で持つと、流れるような動作で安全ピンを抜き、リアカバーを引き出し、インナーチューブをスライドさせ、チューブの照尺を立てた。 そして、フロントサイトをルイズに合わせる。 「これは、私の元いた世界で人間が使っていた武器だ。 『M72ロケットランチャー』という。 この安全装置を解き、トリガーを押すと、広範囲に渡る爆発を起こす弾を発射する。 ……どうしてこんなものがここにあるのやら」 DIOの懇切丁寧な使用方法の説明に、 ロングビルがそれとわからぬような笑みを浮かべた。 訥々と語るDIOに、耳を傾けていた4人だったが、 爆発という単語を聞いて、ルイズがあわてた。 「ちょ、ちょっと! どうしてそんな危ない物、私に向けるのよ!?」 「さぁ………どうしてだと思う?」 心なしかさっきよりも距離を取り始めているDIO。 4人の頬に、冷や汗がタラリと伝った。 ―――あれれ? まさかこいつ、この場で私達吹っ飛ばすつもりなのかな? 奇しくも、4人の考えがシンクロした。 「………冗談だ」 一言そういうと、DIOはロケットランチャーを元の状態に戻した。 4人は心底ほっとした。 安心したら、怒りが沸き起こってくる。 「この、バカ! ぜ、全然、笑えないのよ!!」 ルイズが叫んだが、その声はひきつりまくっていた。 DIOの言葉は、冗談なのかどうか判断しかねるのだ。 「で、でも、これで破壊の杖は取り戻せたわ。 後は、肝心のフーケだけね!」 さっきまでの狼狽を取り繕うように、キュルケが言った。 その通りだとばかりに、ルイズは頷いた。 フーケがこのままむざむざと、自分達を取り逃がす分けがない。 タバサも同じ意見なのか、油断無く杖を構えて、 周囲を窺っている。 「それでは皆さん。 二手に別れて、周囲を偵察するというのはどうでしょうか? フーケが姿を現さないのも気になりますが、 いずれにしても、私達は行動を起こさなければなりません」 ロングビルの提案に、4人は賛同した。 確かに、いつまでもフーケの出方を待つわけにはいかない。 盗賊相手に後手に回るのは、良策とはいえない。 宝物庫を破った時のように、盗賊が動くのは、 自分の成功をよっぽど確信した時だけなのだ。 話し合った結果、 DIOを廃屋に待機させ、破壊の杖の監視に当て、 キュルケとタバサが北側を、 ルイズとロングビルが南側を、 それぞれ見回りすることになった。 5人はそれぞれの武運を祈りあってから、別れた。 ――――――――― ロングビルは、ルイズよりもやや後方に位置する形で、 森を進んでいた。 すでに本道から外れているので、草木がありのままに茂っていて、 酷く足場が悪い。 草をかき分けながら、ロングビルは、自分の目的がほぼ成就されたことに喜んでいた。 あのルイズの使い魔のおかげで、破壊の杖の使用方法が明らかとなったのだ。 もはや、ロングビルの振りをする必要は、無くなったといえる。 あとは、邪魔者を消すだけだ。 その点ロングビルにとって、ルイズとチームを組むことになったことは、 好都合だった。 ロングビルは、ルイズの背中に鋭い殺気をぶつけた。 ルイズは危険だ。 ロングビルは先程のルイズの目を思い出す。 ルイズの鳶色の大きな目は、まるで全てを見透かしたようであり、恐怖を煽った。 場数を踏んでいるロングビルですら、しりごみしたほどだ。 ルイズは最優先で暗殺する必要がある。 ならば今こそが絶好のチャンスだ。 ロングビルは懐から杖を取り出し……… 「最初に怪しいと思ったのは、あなたが学院に帰ってきた時」 突然背を向けたまま語り始めたルイズに、ロングビルの手が、 ピタリと止まった。 「あのタイミングで、ノコノコと現れるなんて、嫌でも疑わざるを得ないわ」 「…………………」 ルイズの口調は、やはり軽々しい。 しかし、背中から発せられる威圧感は、瀑布のような勢いだ。 ルイズは歩みを止めた。 それに続いてロングビルも、立ち止まった。 「でね、その疑いは、さっきあなたが姿を消そうとした時に、 完全な確信に変わったわ」 ロングビルの手は、懐の杖を掴んだままだ。 「そもそも、ここまで来るのまでに、馬車で半日かかったわ。 馬を飛ばして、4時間ってとこかしら? 早朝に調査を始めたっていうのに、随分帰ってくるのが早かったわね、 『土くれ』のフーケ? どれだけ誤魔化しても……犬畜生の臭いは消せないわ。 プンプン臭うのよ、あなた」 ルイズが詠うようにロングビルを弾劾した。 ロングビルの動悸が早くなる。 背を向けたままのルイズの表情は、ようとして伺えない。 ルイズに気圧されまいと、ロングビルは自分に喝を入れた。 「な、何のことだか……………」 「言い訳無用」 "ドドドドドドドド…!" ルイズの口調が、完全に変わった。 それと同時に、ルイズの背中から発せられる威圧感が、質量を持つと錯覚するまでに増大した。 「フゥ……………大正解。 いかにも、私が『土くれ』のフーケよ」 観念したように、ロングビルはメガネを外して、その正体を現した。 目がつり上がり、猛禽類のような目つきに変わる。 「……どうして、こんな回りくどい手を取ったの?」 ロングビルの告白を意に介すことなく、ルイズは質問を続けた。 「私ね、この『破壊の杖』を奪ったのはいいけれど、使い方がわからなかったのよ」 全てを理解できたのか、ルイズの体が一瞬強張った。 それをみて、ロングビル……いや、『土くれ』のフーケは妖艶な笑みを浮かべた。 「あの杖、振っても、魔法をかけても、うんともすんともいわないんだもの。 困ってたわ。 持っていても、使い方が分からないんじゃ、宝の持ち腐れ。 でしょう?」 ルイズがフンッと鼻で笑った。 「だからわざわざケガをおしてまで学院まで戻ってきたってわけ? 私達なら、使い方を知ってるかもしれないから。 とんだ盗賊根性だわ。 呆れて声もでない」 「おだまり。魔法1つ扱えない娘っ子が。 悪いけど、貴女にはここで消えてもらうわ。 邪魔なんだもの。 …………でも、解せないわ。 そこまで嗅ぎ付けておきながら、どうして私と2人っきりになったの? そこだけが、どうしても分からないの。 よければ教えて下さる?」 フーケの問いに、ルイズは腕を組んだ。 「だって、2人っきりの方が、あなたを消しやすいんだもの」 仁王立ちのルイズが、高慢不遜に、当たり前のように言い放った。 フーケは一瞬キョトンとしたが、次第にその口元を笑みで歪めた。 「……あら、お互い考えていたことは一緒だったってワケ?」 「………そういうことになるわね」 滅多に無い偶然に、2人は、クスクスと笑い出した。 ――――次の瞬間、ルイズが弾かれたようにフーケの方を振り向いた。 その手には、杖がしっかりと握られている。 それを受けてフーケも、電光石火で杖を懐から取り出し、ルイズに向けた。 ピタリ、とその場が硬直した。 ルイズとフーケは、お互いに杖を向けあいながら、二手に別れてから初めて視線を交わらせた。 フーケの猛禽類のような目と、ルイズの狂気に染まった目が、お互いを射抜く。 龍虎相まみえる、というやつだ。 2人とも、殺意を隠そうともしない。 一触即発の2人だったが、しかし、この戦いは、既に勝敗決していた。 ルイズがニタリと笑った。 「チェックメイトよ、『土くれ』。 私を殺すには、少なくとも『ライン』以上の魔法を唱える必要があるわ。 でも、私はコモン・マジックだけでも、貴女を吹き飛ばすことができる。 どっちが素早いかなんて、オーク鬼だって分かるわ。 貴女は、魔法1つうまく扱えない少女に殺されるのよ」 ルイズの勝利宣言を、フーケが嘲笑した。 おかしくてたまらないという笑いだった。 「あは、は、あははははははははは はははははは………!!! あなた、何か大切な事を忘れてるわよ。 私は『トライアングルクラス』よ? 戦闘経験をつんだトライアングルクラスともなれば、 詠唱をしながら、お喋りをすることだってできるのよ。 チェックメイトにはまっているのはあなたの方だって、気づかなかったの? 私の詠唱は、さっき森を歩いていた時に、もう終わっているのよ…!!!」 フーケの嘲りに、ルイズの顔が焦燥で歪んだ。 動揺を隠せないのか、杖を持つルイズの手は、若干震えている。 ――――場の硬直は、しびれをきらしたルイズの言葉で、 解かれることになった。 「『レビテーショ……」 「遅い!ゴーレムよ!!!」 やぶれかぶれで詠唱をするルイズだったが、やはりフーケの方が早かった。 フーケが素早く杖を振った。 杖を振りかぶるルイズの 横の地面が盛り上がり、ゴーレムの右腕が現れた。 フーケお得意の『錬金』だった。 ルイズはそれに気づき、視線をゴーレムに向けたが、そこまでだった。 ゴーレムの豪腕が、唸りをあげてルイズに襲いかかった。 フーケは容赦なく、インパクトの瞬間、ゴーレムの拳を鉄にかえた。 ゴーレムの拳が、ルイズの側頭部を無慈悲に直撃した。 「うぐっ!!」 ルイズの断末魔は、それだけだった。 "バグシャア!" と、ルイズの頭蓋骨がコナゴナに砕け散る音が響いた。 レントゲンをとったら、 コナゴナに砕けた頭蓋骨の破片が、脳をグチャグチャにしているのがわかっただろう。 そのままゴーレムの右腕が振り抜かれ、ルイズは十数メイルも吹き飛ばされ、 地面に水平に飛び、近くの大木に叩きつけられた。 ルイズは力なく、血の海に沈んだ。 頭が完全に粉砕され、脳漿が辺りに飛び散っている。 目はあらぬ方向を向いていた。 完全に即死だった。 フーケはルイズの近くまで歩み寄ると、 その死に様を確認した。 「フィナーレは……案外あっけないものだったわね。 正直言って、今あなたを殺せてほっとしているわ。 でも安心なさい。 これから直ぐに、あなたのお仲間も後を追うわ」 フーケはペッと、唾を吐いた。 彼女なりの、皮肉のこもった敬意だった。 フーケは踵を返して、元来た道を戻り始めた。 フーケの背後で、ルイズの手が、ピクリと痙攣した……ように見えた。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール―――死亡? to be continued…… 40へ
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土下座しているシエスタを発見、即座に突撃する。 「シエスタ、シエスタ。何を這い蹲っているんだ」 空気を読まず露伴はシエスタをひっぱり起こす。 「え……あ、ロハンさん……あの、えっと……」 シエスタがロハンと誰かを見比べているが、ロハンは意に介さずに静をシエスタに渡した。 「すまないが赤ん坊を洗ってやってくれないだろうか」 訳がわからないままにシエスタは静を受け取る。 タオルケットの中からの異臭に、全てを察する。 「急ぎで頼むよ、朝に洗った服もそろそろ乾いているだろうからね」 「ちょっと君! 急に割り込んできてなんだ! 彼女はぼくと話しているんだ」 後ろから駆けられた声に、露伴は始めてそれに気付いて振り返る。 が、興味が無さそうにシエスタに向き直る。 そんな露伴の態度に、少年。ギーシュ・ド・グラモンは激昂した。 「どうやら君は貴族に対する礼儀を知らないようだね!」 「尊敬するに値するかどうかはぼく自身が決めさせてもらうよ。少なくとも君は該当しないな。尊敬するに値しない人物に向ける礼儀はあいにく持ち合わせていないんだ」 露伴の言葉に、ギーシュの顔が一瞬にして紅潮する。 「貴様ッ! 突然出てきてなんという言いぐさだ」 「あいにく状況が判らないんでね。シエスタに土下座させた正当な理由があるならともかく」 露伴の言葉に、ギーシュは鼻を鳴らす。 「彼が軽率に香水を拾ってしまったのだよ。そのため二人の女性を傷つけてしまった。その罰を与えていたのだ。わかったらどきたまえ。君には関係ない」 「本当なのか?」 露伴がシエスタに訊くが、シエスタは何も言わずにうなだれるだけ。 「さぁ、わかったのならどくんだ!」 『ヘブンズ・ドアァーーーーー』 露伴がそう叫んだ途端、ギーシュの体が崩れ落ちる。 「読んだ方が早いな、さてさて……」 ギーシュ・ド・グラモン。四男。女好き。薔薇。香水。二股。モンモランシー。ケティ。誤魔化す。 メイド。なすりつけ。ヴェルダンデ。ドット。土。ワルキューレ。青銅。錬金。決闘。 なんだこいつは、二股してたのがばれてその責任をシエスタになすりつけているだけじゃないか。 典型的なクズ男か、しかも女性のためにと言いながらシエスタを貶めている。何が薔薇だ。 使えそうにないな。 こんな奴を主人公にしても人気が出るはずもない………が……ちょっと気になることがある。 ケティは一年生でモンモランシーが同学年の女子か。二股の相手がケティらしいが、付き合ったのは馬で遠乗りした事以外には書いていない。 それ以外はモンモランシー一色。 さすがに露伴は眉を怪訝そうに顰める。 典型的な噛ませ犬タイプだ、主人公としては軽薄すぎて扱えないが、愛すべき脇役としては使えるかもしれない。 元の世界にもいた、玉美や間田のようなタイプとして活かせるだろう。 把握した、まぁ予想通りギーシュの言いがかりだ。 ………そう言えば決闘とあったな。面白い………古式伝統のある決闘、中世ヨーロッパ辺りでは当たり前にあった風習だったか。 ぜひ体験してみよう。そうだな………ギーシュを適当に挑発してみようか。 この記憶から判断するに、挑発されたら答えずにはいられない、典型的なクソガキだからな。 ルイズのように貴族の対面にこだわるタイプだろう。 それに、錬金とワルキューレ、それに青銅を実際に見てみたい。 見てみよう。 露伴にお願いされて、シエスタはその腕に静を抱いていた。 漂ってくる異臭に顔をしかめることなく、ただ呆然と、ふらふらと。 「………と………ちょっと………」 「はっ、はいぃっ!?」 突然呼びかけられてシエスタは心臓が飛び上がるような気持ちだった。 目の前には、キュルケがいた。 「み、ミス・ツェルプストー。も、申し訳ありません、考え事をしていたもので………」 貴族を無視なんてしたら打ち首どころじゃないところだが、それよりキュルケには重要なことがあったのでさらっと流した。 「ルイズ知らない?」 「は……ミス・ヴァリエールですか? 存じ上げませんが」 「ふぅん………そう、じゃぁ見落としたのね」 そう言ってキュルケは立ち去ろうとしたが、何か思うところがあったのかピタリと足を止めた。 「ところであんた、その手何?」 「えっ?」 何って、静のことだろうか。 シエスタが視線を下に降ろすと、その腕の中には何もない。 「!!!!!!?????」 シエスタの目が驚愕に見開かれる。 そう、キュルケはシエスタが何かを抱いているような腕の形をしていたから不思議に思ったのだ。 しかしすぐに興味が無くなったようでその場を後にした。熱しやすく冷めやすい性格である。 そして一人残されたシエスタはその腕の中の重みをそっと確かめる。 『いる』 見えないけれど。確かにその腕の中にいる。 「きゃ………は………ぶ……あ……だー」 「メイジ………こんな赤ちゃんが………?」 「諸君! 決闘だ!」 露伴の思惑通り、適当に煽ったら激昂してギーシュは決闘を仕掛けてきた。 場所はヴェストリの広場、娯楽が少ないのだろう、人だかりが出来ている。 さて、青銅のゴーレム、ワルキューレとやらを見せてもらおうか。露伴は心の中でほくそ笑む。 「………何がおかしいんだね?平民君」 どうやら顔に出ていたらしい、ギーシュが不快そうに眉を顰めて言った。 「ふん……自己主張が激しいと思っただけさ」 コレも挑発、所詮相手は子供、この程度の挑発に楽に乗ってくる。 「ぼくの二つ名は青銅。よって青銅のワルキューレがお相手する。メイジを相手に無礼を働いたんだ、異存はないね」 「ああ」と言おうとしたところでルイズの邪魔が入った。 「待ってギーシュ!」 思わぬ邪魔に、露伴の方が眉を顰めた。 「おやコレはコレは。ゼロのルイズじゃないか。君の使い魔をお借りしているよ」 「お願い、謝るから決闘なんてやめてちょうだい!」 「あやまる? 君の使い魔がこうなるようにし向けたんだよ? 最も、君が謝っても彼は謝る様子はないみたいだけどね」 ギーシュの言葉にルイズは振り返り露伴を睨む。 「ロハン。ギーシュに謝って。メイジに平民が勝てるはず無いわ。怪我で済めば良い方なんだから」 「怪我か……それは辛いな、特に利き腕が使えなくなるのは非常に痛い」 露伴の言葉にルイズはパあっと表情を明るくした。 「そ、そうよ、痛いし不便なのよ。だからね、ほら頭を下げて………」 「だ が 断 る」 露伴の明確な拒否の言葉に一同は凍り付く。 「この岸辺露伴の好きなことの一つは。自分で強いと思っている奴に『NO』と断ってやることだ!」 そう言って露伴はルイズの方を軽く、トン。とつついた。 「だからルイズ、余計なことをしないでくれ、ぼくのためにも君は邪魔だ」 ぼくのためにも、と言われてしまってはルイズはもはやどうすることも出来ない。 自分が口を挟むことが露伴の邪魔になるなら、露伴に『協力』することが出来ない。 ふらふらと三歩後じさって、その場にペタリと座り込んだ。 「何……言ってんのよ………平民が………メイジに……勝てるわけが………」 もはや露伴はルイズから視線を外し、ギーシュと相対していた。 「遺言は済んだかい」 「面白いジョークだな」 相変わらずわかりやすい。この程度の挑発で真っ赤になるとは程度がしれる。 ギーシュは薔薇の造花で出来た杖を振り、落ちた花弁から青銅のゴーレムを作り上げる。 フォルムは女性形、鎧を纏った細身の戦乙女。 「最後のチャンスをやろう。両膝を付いて頭を地面にこすりつけるようにして謝るんだ。「薄汚い平民が高貴なるメイジに刃向かってごめんなさい」と。そうすれば勘弁してやらんことも……」 「うるせーな~~~~~~、やってみろ!」 つくづく変わらぬ露伴の態度に、とうとうギーシュはワルキューレを突撃させた。 厨房でお湯をもらって、水場のタライに注ぐ。 そして水と程よく混ぜて人肌ほどの温度に調整する。 赤ちゃんはシエスタの腕の中で嬉しそうに笑っている。 ぺちぺちとシエスタの頬を触ったり、みみたぶをつまんだり頬をすり寄せたりしている。 しかしそんな風に静の世話をしているシエスタは、何処か上の空だった。 気になるのは露伴のこと。自分の不注意でによる貴族からの怒りを全て持って行ってしまった。 ヴェストリの広場ではもう決闘は始まってしまっているだろう。 「あぁ………っ」 どうかご無事で。と願うばかり。 どうか露伴が死ぬ前に、メイジの気が晴れますように。 殴りかかってきたワルキューレの拳を露伴は避けもせずに頬で受ける。 がつん、と重厚な音が広場に響く。 避ける様子もなかった露伴に、ギーシュは得体の知れないモノを感じ、一旦ワルキューレを引かせた。 「……なぜ避けない」 「なぜ下げる………まったく………」 ギーシュの言葉にさらりと応え、露伴は上着のポケットからメモ帳とボールペンを取りだした。 そしてほんの十秒足らずで、そのメモ帳にワルキューレをドシュドシュとスケッチする。 「フォルムはスタンドに近いか……しかしずいぶん軽いな。仗助のCダイヤモンドの方が強い。破壊力はCランクと言ったところか………」 メモに「能力者:ギーシュ」「能力名:ワルキューレ」その他攻撃力やスピードなどの数値がサラサラと書き込んで、またポケットの中に仕舞い込んだ。 「なんの………つもりだい」 「ん? あぁ職業柄こう言うモノは自分の体で体感しないと気が住まない質でね。良い体験をさせてもらった」 さて、と言って露伴はギーシュに向かって無造作に歩み寄った。 「確認も済んだし。そろそろ終わりとしようか」 「くっ」 近づいてくる露伴に、ギーシュは己の最大の数、七体のワルキューレを召喚した。 露伴は頭の中のメモに「ワルキューレは七体まで」と書き込んだ。 学院長室で、遠目の鏡で広場の光景を見ていた二人はどうしたモノか考えあぐねいていた。 「……勝ちましたね」 「勝ってしまったのう……」 「素手でしたね」 「素手じゃったのう」 「ガンダールヴかどうかわかりませんね」 「…………」 露伴はゆっくりとした動作でギーシュに近づき、ギーシュは召喚したワルキューレを突撃させる。 そしてワルキューレの拳が届こうかとしたその瞬間、ソレは何もないところで蹴躓いたようにくるんと回転して吹っ飛んだのだ。 ギーシュも誰も何が起こったのかわからない、突然ワルキューレが空中で回転したようにしか見えなかった。 「どうした。もう終わりか? メイジとはその程度なのか、だとしたら期待はずれも良いところだな」 ふん、と鼻を鳴らされては応えざるを得ない。 残りのワルキューレをまったく同時に攻めさせる。 しかし次のワルキューレは頭を吹き飛ばされ。その頭がギーシュの頭横20サントの位置をかっ飛んでいった。 ぞわっと鳥肌が立ったギーシュにお構いなしで。ワルキューレがポンポンと吹っ飛んでいる。 「………リアリティのある物を書くためには想像力だけじゃダメなのさ。少なからず自分で体験する必要がある」 そう、漫画家としてデビューしている岸辺露伴は、リアリティを追求するため、いろいろな武術を齧っていたのだ。 もちろん本職は漫画家であることは変わりなく。真面目に武術に取り組んでいる人からみれば笑われてしまう程度だが。 それでも、愚直に突っ込んでくるワルキューレを倒すには十分なモノだった。 全てのワルキューレが破壊され、露伴はいまギーシュの正面1mの位置に立っている。 そしてその右手をゆっくり伸ばした。 「ひっ」 みたこともない方法でワルキューレを飛ばす露伴に、ギーシュがおびえを抱くのも仕方ないだろう。 しかし露伴はギーシュに手を下すことなく、その手から薔薇の造花の杖を抜き取って、そっと匂いを嗅ぐ仕草をした。 「どうだい、まだやるか?」 杖を奪われては、メイジはもはや為す術がない。 ギーシュは悔しそうに唇を噛みながら、小さく「まいった」と宣言した。
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―――――――――――――――――――――――――――――――――― 帰る手がかりの一つもつかめぬまま、既にこちらに来て一週間が過ぎた。 一週間もすれば、不本意ながらもこちらの生活にも慣れてくる。 朝起きて、才人共にルイズを起こし、才人が着替えさせている間に、僕が洗い物を済ませる。 僕はスタンドを使えば、いちいち水くみ場まで降りる必要もないので、適任であるのは事実だが、コレには理由がある。 はじめは交代交代で洗濯を行う予定であったが、才人がパンツの紐を切ったのがばれ、洗濯は僕が一手に担うこととなったのだ。 ちなみにこの事で、才人は一週間のご飯抜き、僕も止めなかったということで、五日のご飯抜きを宣告された。 もっともそんなことをされても、ルイズの朝食中に厨房でご飯を貰うので、全く関係がないのだが。 しかし衣食住の、住しか面倒を見ていない、しかもその住ですら怪しいのに、「ご主人様」と呼べ、敬いが足りないとは、理不尽甚だしい。僕のルイズ株は下がりに下がって、既に上場廃止状態だ。 そういう事で僕らは自然と、厨房との親交、つまりはマルトーさん達コックや、シエスタ達メイドとの親交が深まっていくのだが。 既に厨房に来る一通りの人間には、顔を覚えて貰っている状態だ。 一部の人間とは、仲良く会話を交わせるまでに至っている。 食事の後は、才人はルイズと共に授業へと、僕は血管針カルテットと共に衛兵として、見回りに当たる。 見回りといっても、侵入者に備えるなどではなく、生徒同士のもめごとの報告、出来るのならばその場を押さえる事や、魔法関係以外の備品の整理、人手が足りない所の手伝い、貴族の使いっ走りが主な仕事内容だ。 そのため貴族と接触する機会が多く、しかも殆どの貴族が高慢不遜な奴ばかりなので、極めてストレスが溜まる。 御陰でもめごとの仲裁にはつい力が入って、スタンド大活躍だ。何回貴族に向けて、『エメラルド・スプラッシュ』を放ったことか。 衛兵の仕事が再会して早三日目で、僕の前でもめごとを起こしたり、面と向かって罵倒するものは、ほぼ皆無となった。 さて、衛兵の仕事が終われば、僕も才人と同じように、ルイズの世話に戻る。 この時間が、一番トラブルに巻き込まれやすい時間だ。 この間は衛兵の仕事をしている時と違い、貴族に手を出せば、以前と同じく謹慎処分を受ける。 それを知ってか、ここぞとばかりに嫌がらせをしてくる。 もっともそういうことをする、臆病者の嫌がらせなんて、大したことのない罵倒程度なのだが。 適当にデルフリンガーを持った才人をけしかければ、あっという間に大人しくなる。 表向きな立場を持たない才人は、僕と違って、倒しても咎められることもないからな。 こちらに来て一週間。既に僕の平穏を乱す相手はルイズ、才人、そしてキュルケの三人のみだ。 ルイズは言わずもがな、あの癇癪持ちの自称ご主人様にかなう相手はいない。 才人は非常に優秀なトラブルメーカーだ。たいていの場合、僕まで連座で罰を受けるので、迷惑きわまりない。 この二人に比べれば、ルイズと混ぜない限り、たいした問題にならないキュルケは一段落ちる、はずだったのだが、最近になって、一つ問題が出てきた。 キュルケが才人に対して誘惑を敢行した事だ。 七股に挑戦するとは、見上げた根性だと思う。 変節をする人間は嫌いだが、ここまで来ると嫌おうという気すら起きず、返ってほほえましく感じる。 いや、そもそも変節しているわけではないな。一応、『微熱』とやらの二つ名の筋は通しているのか。 多分、相手も火遊び程度で、本気で誘惑するつもりは無いようにも思うのだが、どうか。 それはともかく、この劣悪な上、慣れない状況で、僕らが持ったのは一週間持ったのはやはり一重に、お風呂という存在があったからであろう。 お風呂は心の洗濯とは、誰が言い出したのか。 この異世界に於いて、この言葉は、非常に実感できる重みがあった。 そのため、お風呂のコンディションは常に万全を期しておかなければならない。 特に、放っておけば崩れてくる竈の整備などは、絶対に欠かしてはいけない。 本日の分の仕事を終えた僕は、今日もいつものように竈の様子を見に行った。 その途上、広場で思いがけない人影を見る。 「あれは……」 「よしよし、ヴェルダンテ。君はいつ見ても可愛いね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」 あの金髪。気取った雰囲気。間違いない、ギーシュだ。 だが、よく見れば何か、そのギーシュに抱えられて、大きな影がもう一つ。 こちらからはよく見えないが、サイズは小熊ぐらいはある。いったい何だろうか。 僕は後ろから息を潜めて、気付かれぬよう慎重に、ギーシュへと近づいた。 影の正体は巨大な土竜であった。 その土竜はギーシュの言葉に、鼻をモグモグとひくつかせている。 どうやらコレがギーシュの使い魔らしい。 僕はその姿をよく観察する。 「そうかい、そりゃよかった!」 成る程、くるくるとした目、綺麗な毛並み、可愛らしいという形容詞も、間違いではないように思う。 しかしながら、その土竜に頬ずりをするギーシュの様は、僕には非常に滑稽なものにしか見えない。 ともかく僕はギーシュに用があるので、土竜と離れるタイミングを狙って、後ろから声をかける。 「ギーシュ」 「誰だい? 僕を呼ぶの……は……」 あの決闘の日以来、ギーシュは僕の顔を見ると一目散に逃げ出すため、半径10m内に入れた試しがない。 だが、今の僕とギーシュの距離は1mもない。 ギーシュは僕の接近を許したことで、バカみたいにポカンと口を開ける。 そして状況を認識するや否や、いつも通り、脱兎の如く逃げ出した。 しかし、今回は逃がすわけには行かない。 僕はスタンドで、ギーシュの身体を一瞬にして縛り上げる。 「う、動けない!」 「そんなゲロ吐くぐらい怖がらなくても良いじゃないですか。何もしませんよ、安心してください」 「う、嘘だ。僕は騙されないぞっ!」 参ったな。ギーシュは完全におびえきった目でこちらを見ている。 少し、決闘の時にボコボコにしすぎたのかもしれない。 「だ、誰か助けっ……むがっ!」 「静かにしてください」 「むー! むー!」 騒がれてはマズイので、スタンドを猿ぐつわ代わりにして、ギーシュを黙らせる。 僕は仕方なく、ギーシュが落ち着くまで待つことにした。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 「本当に、危害を加えるつもりはないのかい?」 「ええ。そちらから何もしてこない限りは」 「わかったよ」 10分程して、ようやくギーシュは騒ぐのを止め、僕の話に耳を傾け出した。 これで、ようやく会話が出来るのか。 「それで、一体何の用なんだい?」 とはいえ、まだ少々警戒しているようだ。 ギーシュは何を考えているのか探りを入れる目で、こちらを見ている。 この状態で、いきなりお願いを切り出す訳にもいかない。 僕は無難に、先程の使い魔らしき土竜の話を切り出すことにした。 「いえ、あなたが土竜と戯れていましたので、何事かと思いまして」 「土竜? ああ、僕の使い魔のヴェルダンテの事かい?」 多少だが、ギーシュの表情が和らいだ。 この話題を切り出したのは正解かもしれない。 「ヴェルダンテというんですか。凄く可愛らしいですね」 「君もそう思うのかい!」 この後、ギーシュによる20分にも渡る使い魔自慢が繰り広げられると解っていれば、僕はこんな事を切り出そうとは思わなかっただろう。 「ヴェルダンテが…… ヴェルダンテは…… ヴェルダンテ。ああ、ヴェルダンテ、ヴェルダンテ……」 既に何回、ヴェルダンテという言葉を聞いただろうか? 学校では優等生として振る舞っていたので、形だけではあるが、人の話を聞くのはうまいと思う。 その僕が、心の底から止めてくれ、と思ったのだ。 もはや、語るには及ばないだろう。 「……というわけなのさ。どうだい、凄いだろう?」 「……ええ、本当に」 僕はよく耐えました。と続けたい所をぐっと我慢し、大きく息をつく。 まぁ、それだけ耐えたこともあって、ギーシュの僕に対する警戒心は、今は殆ど感じられない。 「ああ、済まないね、長々と話してしまったよ。っと、そういえば君はどうしてこんな所にいるんだい?」 「あちらにある、お風呂を修繕しようと思いまして」 そういって僕は広場の角の、僕と才人で制作した風呂場を指さす。 とはいっても巨大な鍋と、土で出来た竈に、申し訳程度の衝立があるだけなのだが。 ギーシュは興味深そうに、それをまじまじと眺める。 「平民も水の張ったお風呂につかるのかい?」 「いえ、コレは五右衛門風呂といいまして、僕や才人の故郷のお風呂です」 「へぇ、君たちの故郷は、その服装といい、随分変わったところなんだな」 ギーシュは特に、それ以上聞こうとせず、作ったお風呂をまじまじと見ている。 が、やがて興味を失ったのか、再び僕の方へと向き直った。 と、今度は僕の制服のポケットの辺りをじーっと見ている。 確か今、ポケットの中には石けんの香りつけに使おうと思っている、ムラサキヨモギが入っていたな。 ギーシュはいったん口元に手を当て、改めて僕のポケットを指さしていう。 「それはムラサキヨモギの葉かい? できればいくつか譲って欲しいんだが」 「これを、ですか?」 「ああ、代金は払うよ。そのポケットに入っている、半分ぐらいの量で良いんだ」 コレは思いがけない交換材料が出来た。 正直、どうやって頼もうかと思っていた所だ。 これならば僕の方からも切り出しやすい。 「お金はいりませんが、代わりにこの竈を、青銅に錬金してもらえますか?」 「それでいいのかい? なら、おやすい御用さ」 そういってギーシュは、ポケットから薔薇の造花を抜いて、短くルーンを唱える。 すると土の竈は見る見るうちに、赤銅色へと染まっていく。 ものの数秒で、竈は見事な青銅製へと変化した。 僕は改めて見るその魔法の便利さに、素直に感嘆の声をあげる。 スタンド能力には余りそういうものはないからな。 ギーシュはその声を聞いて、得意げに鼻を鳴らす。 「それでは、コレを」 「ああ、確かに貰ったよ」 僕は約束通り、右ポケットの方に入っていたムラサキヨモギの半分を、ギーシュに手渡した。 ギーシュはそれを受け取って、「これでモンモランシーとの仲直りの材料が出来た」等とつぶやいて、ご機嫌な様子で校舎の方へと戻っていった。 何に使うつもりかは知らないが、大方、香油か何かを作るつもりだろう。 それはともかく、これで竈に関しては問題ないだろう。 となれば、後はもう一つの予定である石けん造りだ。 本当であれば、先に石けんをつくってから、才人が来るのを待って竈の修繕を行うつもりだったが、ギーシュとあったことで、この分ならば、才人が来る前に終わらせられそうである。 僕は早速、調理場で貰った海草の灰と廃品の鍋、植物性の油、そしてムラサキヨモギを使って、石けん造りへと取りかかるのだった。 To be contenued……
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重なりかけた二つの月が、科学の匂いを感じさせないハルケギニア大陸を仄かに照らす。 無事にラ・ロシェールに到着した一行は、ワルドの提案により、 その街で最上等の宿である『女神の杵』亭に泊まることとなった。 殆ど貴族達しか利用しないこの宿は、顧客層に合わせて、大層豪華な作りをしており、貴族達の自尊心を十分に満たすものであった。 その『女神の杵』亭のロビーの一角に、DIOはいた。 貴族の証であるマントを纏っていないにもかかわらず、使用人を従えているこの男の存在に、 他の客たちは揃って訝しげな表情をした。 しかし、それもほんの一時のことであった。 男の振る舞いが余りに堂々としていたことが、主な理由であった。 顔が映るほどピカピカに磨かれたテーブルを前にして、気後れするどころかふんぞり返るなんて、平民に出来るはずはなかったからだ。 テーブルに置かれたワインボトルが、DIOという存在感に軽いアクセントを加える。 周りの客達はそれぞれ、思い思いに想像を巡らせ、勝手に納得をしてその場を去ってゆくのであった。 そして、客達が納得をした理由はもう一つあった。 DIOの傍で、彼とは全く対照的な、暗鬱なオーラを全開にして突っ伏しているギーシュがそれであった。 もう何本も酒を飲んでいるのか、彼の周りには瓶が幾つも転がっていた。 マントを纏っていなければ、誰も彼が貴族であるなどと信じはしなかっただろう。 それくらい、ギーシュはやさぐれていた。 一体何が彼をそこまで追い込んでいるのか誰にも分からなかったが、 理由はどうあれ、彼が傍で情けなく酔いつぶれてくれていたこともあって、 客達はますますもってDIOの貴族性を認めるに至っていた。 夜も更けてゆくにつれて、徐々にロビーにいる人の姿が疎らになってゆく。 そんな『女神の杵』亭に、ワルドとルイズが帰ってきた。 桟橋へアルビオンへ向かう船の乗船の交渉に行っていた二人の顔は、一様に沈痛であった。 ルイズは不機嫌さを隠しもせずに、DIOのテーブルへと向かい、彼の反対側に腰を下ろした。 一つしか置かれていないグラスにワインを注ぎ、一息に飲み干す。 勿論それは、ついさっきDIOが使っていたグラスであった。 DIOの後ろで控えていたシエスタが、それを見てピクリと片眉を上げた。 しかし、シエスタはルイズを止めるには至らなかったし、ルイズもまた、そんなシエスタを無視した。 空になったグラスをテーブルに"ガン!"と叩きつけて、ルイズは溜息をついた。 「どうした、ルイズ。旅はいたって順調なのだろう。 何を浮かない顔をしている」 言葉とは全く裏腹な、冷ややかな笑みを浮かべているDIOに、ルイズはふてくされたまま何も答えない。 場を取り繕うように、ワルドが代わりに説明した。 「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうなんだ」 「全く話にならないわ! 急ぎの任務だっていうのに……」 二人の言葉に、キュルケは首をかしげた。 ゲルマニア出身の彼女は、アルビオンに関する知識をあまり持ち合わせていなかったのだ。 「あたしはアルビオンに行ったこと無いから分からないんだけれど、どうして明日は船が出ないの?」 キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。 「明日の夜は月が重なるだろう。『スヴェルの夜』だ。 その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくのだ」 つまり、明日丸一日は休めるということらしい。 自然と気が緩み、欠伸をしてしまうキュルケの内心を悟って、ワルドは頷いた。 「さて、来るべき戦いに備えて、今晩と明日はゆっくりと休息をとることにしよう。 部屋はそれぞれもう取ってある」 ワルドは懐から鍵束を取り出し、机の上に置いた。 「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとルイズの使い魔君が相べ…」 「DIO様の御部屋は、わたくしが別に御用意しております」 スムーズに事を運んでいたワルドの言葉に、シエスタが割り込んだ。 勝手に部屋を予約ししていたと聞いて、ワルドは戸惑った表情を浮かべた。 「しかしね、君……えぇっと、シエスタだったかね。残念だがそうはいかないよ。 いつまた賊どもが襲ってくるか判らないこの状況で、そんな勝手な真似を……」 「別に、御用意して、おりますので」 取り付く島もないシエスタによって、ワルドの言葉は再び遮られた。 彼女の言葉には、僅かながらも確かな怒りが表れている。 普段の無機質なシエスタらしからぬ剣幕に圧され、ワルドは肩をすくめるしかなかった。 ワルドに噛み付くそんなシエスタの様子を、ルイズはワインを飲みながらぼんやりと見ていた。 相変わらずDIOの事となると、梃子でも動かないような頑固さだと、ルイズは半ば感心していた。 ルイズは思う。 そのひたむきな忠誠心には頭が下がるが、どうしてその心遣いを他の人間にも見せてやらないのやら、と。 DIOに対するそれの、千分の一でもいいから他人に示すべきだ。主に私に。 チクショウあのメイド、一体どういう了見なわけ? 私はDIOの主人、マスター、御主人様なの。 つまり私はDIOより偉いのだ。アイアムナンバーワン。そこらの貴族とは、ワケが違うのよ。 こちとらちゃきちゃきのトリステイン生まれの公爵っ娘なんだから。……てやんでぇ。 と、そんなこんなで大分シエスタ論評にも熱が入ってきたルイズに、ワルドが声をかけてきた。 「ルイズ、良いのかい? 君の使い魔のメイドはああ言っているが……」 「えぇ、えぇ、良いのよ。ほっといてあげて。 寧ろ、アイツと相部屋にしたら、ギーシュが可哀相だわ」 ルイズは諦めたように手を振ってワルドに応じた。 ワルドはまだ納得していない様子だったが、DIOの傍で突っ伏しているギーシュをチラリと見て、その惨状に溜め息をついた。 気を取り直し、ワルドは、ルイズに鍵を差し出す。 「僕とルイズは同室だ」 ルイズは弾かれたようにワルドの方に振り向いた。 「婚約者だからね。当然だろう」 「でも私たち、まだ結婚しているというわけではないのよ?」 ワルドは首を振って、ルイズの肩に手を置き、真っ直ぐにルイズを見つめた。 「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」 肩に置かれたワルドの手に、力が籠もる。 いつになく真剣なワルドの視線に、ルイズは渋々了承することにしたのだった。 こうして、ルイズはキュルケに冷やかされながらも、ワルドと一緒に部屋へと消えていった。 ルイズの姿が消えた後もキュルケは暫く一人で何やら楽しんでいたが、やがて飽きたのか、タバサを引き連れて割り当てられた部屋へと消えていった。 DIOとシエスタも、さっさと部屋へと消えてしまい、ロビーに残ったのはギーシュ一人となった。 しかし、今のギーシュにとってはそんなことはどうでもよく、寧ろ一人になれただけ好都合だとも思っていた。 暫くテーブルに突っ伏して、時々思い出したように酒を呷る。その繰り返し。 「僕は…うぃっく! ……トリステインの薔薇なんだ。 ひゃっく! 薔薇は皆を…楽しませるために存在するのであって……えっく! ……決して一人のレイディのためにあるわけでは……!!」 アルコールが回り、酩酊状態に陥ったギーシュの脳裏に、これまで付き合ってきた(遊んできたとも言う)女生徒の顔が、泡のように次々と浮かんでは消えていった。 それは一年生のとある生徒の顔であったり、上級生である三年生の生徒の顔であったり、思い出す限り様々であった。 やがて、一年生のケティという女生徒の顔が浮かんで、消えていった。 そして最後に…………モンモランシーの顔が浮かんだ。 見事な金髪を縦ロールにした、トリステイン生まれであることを別にしてもなお勝ち気と言えた、けれどやはり可愛らしかった同級生の少女。 不思議なことに、いくら酒を飲んでも、ギーシュの頭からモンモランシーの顔が拭い去られることはなかった。 その理由がわからないことが、ギーシュの苛立ちを加速させる結果となり、ギーシュはますます酔いつぶれていくのであった。 しかし、例えやり切れない思いに限りはなくとも、酒には限りがある。 とうとう最後の一本を飲み干してしまったギーシュは、名残惜しそうに溜め息をつき、 やがて諦めたようにロビーを後にして、割り当てられた自分の部屋へと向かったのだった。 相方のいないダブルルーム。何だか今の自分にはピッタリではないか。 部屋に続く階段を、フラつく足取りで一歩一歩上がりながら、ギーシュは皮肉げに笑った。 いつから自分はこんなに厭世的になってしまったのだろうと、激しい自己嫌悪に陥りつつ、ギーシュはドアノブを回す。 おかしなことに、鍵はあいていた。 普段のギーシュだったら、あるいはほんの少しくらいなら疑ったかもしれなかったが、何しろ今は酔いつぶれている状態である。 夢と現の区別もついていない彼には、なぜ部屋の鍵があいているか、なんてどうでもよかった。 倒れ込むようにして部屋に入るギーシュ。 「お疲れ様でございます、ミスタ・グラモン」 部屋の鍵があいていた原因が、目の前にいた。 いつものメイド服こそ脱いで、寝間着に着替えてはいるが、 澄ました態度を崩さぬ目の前の少女は間違い無くシエスタであった。 「あぁ……君か。 ……どうしてこの部屋にいるんだ? 主人のところにいなくていいのか」 「DIO様は既にお休みになられました。 わたくしのような者が、あの方と同じ御部屋で一夜を明かすなど、許されないことです。 従って、不躾ながら相部屋を仕ることになりました」 普段のギーシュだったら、『貴族が平民と同じ部屋で寝られるか!』くらいの文句は言っていただろうが、 今現在無気力状態にあるギーシュは、何も言わずに自分のベッドに倒れ伏した。 飲み過ぎで判然としない頭を持て余しながら、ギーシュは横目でシエスタを見た。 「君は随分とあの男に忠実なんだな……」 酔った勢いか、気がつけばギーシュはそんなことを口走っていた。 返事など期待してはいなかったが、意外なことに、シエスタはいつもの真面目な顔をギーシュに向けた。 「それがわたくしの仕事であり、唯一の幸せでもあるのです」 ギーシュはフンッと鼻で笑った。 他人に従うことが幸せであるなどと、貴族である彼には到底理解できなかったからだった。 「本当にそれが君の幸せなのか? あの男の命令にほいほい従うことが?」 「幸せの在り方とは、人それぞれで御座いましょう。 ある人の幸せが、別の人にとっては不幸せである、などという話はよくあるでしょうし」 事務的なシエスタの回答だったが、何故か彼女の言葉はギーシュの胸を打った。 「幸せ、か……」 ギーシュは思い出す。 さっき飲んできたワインよりもはるかに濃厚だったこの一日を。 その始めに見たモンモランシーは、まさに幸せに包まれていたようにギーシュには映った。 モンモランシーのあんなにも輝いた表情を見たことは、少なくとも学院に入学してからの二年間、ギーシュは見たことがなかった。 ということはあれが、彼女の幸せなのだろうか? あの男の傍にいることが……。 ギーシュには全く分からなかった。貴族として生きてきたせいもあり、ギーシュは他人の立場に立って考えるということが絶望的に不得意だった。 しかし今回、何の因果か、ギーシュはそのことについて考えてみる機会を得た。 ……では、自分にとっての幸せとは、何なのだろう。 そう考えて直ぐに頭に浮かんだのは、自分と同じく好色な父の教えでもあり、己のモットーともいえる言葉であった。 『グラモンの男たるもの、常に多くの女性を楽しませる薔薇であれ』 ギーシュは今まで、このモットーに沿って行動してきた。 色々な女の子にモーションをかけてきたし、女の子を巡って、男子生徒と決闘の真似事をしたことも多々あった。 そうしていた頃の自分は凄く楽しかったし、満たされてもいた。……幸せだった。 だが、それに巻き込まれた他の人は、幸せだったのだろうか。 そう考えて、ギーシュはハッとなった。 多くの人を喜ばせるのが己のモットーだと思っていたが、その実は自分の欲望を満たすことしか頭になかったのではないだろうか。 ケティの涙を思い出す。 何人もの女の子をとっかえひっかえにすることが、どれだけ女の子の尊厳を傷つけるか、自分は理解していなかったのではないだろうか。 ただ自分のモットーが満たされればそれでよかっのでは? 本当に他人を喜ばせるということがどういうことなのか……自分は分かっていなかったのだ。 ルイズほどではないが、それなりにプライドの高いギーシュにとって、それは認めたくない事実であった。 しかし、モンモランシーとの一件が、彼を幾分謙虚な気持ちにさせていた。 「僕は……自分勝手だったのかな?」 不安げな口調で問うギーシュに、シエスタは首を横に振った。 「わたくしの口からは申し上げかねます」 「そうだろうね。少し意地が悪い質問だったよ」 貴族であるギーシュに対して、平民のシエスタが、『あなたは自分勝手です』なんて言えるはずもない。 場を繕って否定して見せても、白々しく見えるだけだ。 ギーシュは珍しく、シエスタの立場を鑑みていた。 「ですが……」 「?」 「間違っているとお思いなのでしたら、自分を変えてみるのも一つの方法かと存じます」 「ハハ……それができたら苦労はしないよ」 自分を変えるということは、つまり、今までの生き方を捨てるということである。 たった一人の女の子のために、これまでの楽しい暮らしを投げ出して未知への一歩を踏み出すには、ギーシュはまだ若すぎたし、臆病すぎた。 (幸せ、か……) ギーシュはひとしきり笑った後、やがて瞑目して、夢の世界へと旅立っていった。 ――――――――――― 深夜の『女神の杵』亭。 殆ど全ての客が各自室に引っ込んだ今、扉の連なる廊下は人けが無く、静寂が支配している。 その静寂というルールを破らぬようにして、廊下を進む一人の少女がいた。 トリステインではまず見かけない蒼色の髪に、自身の身長よりも大きな、節くれ立った杖を持つ彼女の名は、タバサといった。 キュルケが寝込んだ隙をついて、こっそり部屋を抜け出したのであった。 スルスルと、物音一つたてずに廊下を移動する様子は、実に手慣れたものであった。 気配も殆ど感じさせない彼女の存在は、誰にも気づかれまい。 やがて、タバサは一つの扉の前でその歩みを止めた。 廊下に扉は数多くあったが、その一つだけは何とも異様な雰囲気を放っていた。 DIOの部屋であった。 シエスタが用意したというその部屋は、一人だけで使用するには些か豪華過ぎるものであった。 本来なら、相応の煌びやかな空気を醸し出してくれるはずの豪華な扉は、 獲物を待ちかまえて、大口をあけている化け物のように、タバサには思えた。 ならば、今ここに立っている自分は、獲物ということになるのだろうか? 心の片隅で浮かんだ嫌な想像を無理やり抑え込んで、タバサは自分の杖をギュッと握りしめた。 タバサがキュルケとともにラ・ロシェールくんだりまで来たのには、もちろん理由があった。 その理由のために、こっそりDIOの部屋に向かったタバサだったが、 この扉の向こうにDIOがいると思うと、自然と浮き足立ってしまうのだった。 「…………………」 暫くDIOの部屋の前で逡巡したのち、タバサは深呼吸をした。 会う前から、場の空気に飲み込まれては駄目だ。 決心したタバサは、それでも恐る恐るといった仕草でドアをノックしようと手を伸ばした。 だがその瞬間――――― 『何を迷う』 おどろおどろしく扉の向こうから響いた声に、タバサはぎょっとした。 慌てて扉から数歩距離をとる。 全身から嫌な汗が吹き出してきた。 すぐにこの場を立ち去るべきだと、全身が警告を発していたが、 タバサは一歩も動くことができなかった。 気がついたら扉の方に意識を飛ばしている自分がいた。 この扉をあければ……。ゴクリと唾を飲み込む。 『どうした、早く入ってくるがいい』 だが、再び響いた身の毛もよだつ声に、抑えきれなくなったタバサの感情が爆発した。 自分はさっきまで、何ということをしでかそうとしていたのだろうか。 「…………いや!」 耐えられなくなり、次の瞬間タバサは駆けだしていた。 誰かに見られるかもしれないなんてことは、頭から吹き飛んでいた。 幸運なことに、バタバタと騒がしく廊下を走るタバサに気づいた客はいなかった。 自室に戻ったタバサは、そのままの勢いでベッドに飛び込み、布団を被った。 しかし、どれだけ物理的に離れていようが意味はなかった。 精神面から襲い来る何かに、タバサは少し震えた。 夜にアイツに会うのは駄目だ。夜に来たのは間違いだった。夜は取り返しがつかなくなる。夜は駄目だ。 夜は………………………………………… ……………………………けど、昼なら? 理性が感じる恐怖とは裏腹に、タバサの心は確実にDIOを求めていた。 to be continued……
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ザ・サン…もとい頭を光らせながらコルベールが何やら疲れきった様子でプロシュートに近付いてきた。 「君に言われたとおり、樽五本分のガソリンの精製が今、終わったところだよ」 「早いな」 この前ガソリンのサンプルを作ってから数日、それから飛ばせるだけの量を精製する事になったのだが、結構早く出来たのでそれなりに驚いていた。 「それが飛んだ姿を見たくてね…ふふ…ここ数日徹夜続きだったよ」 目の下のくまがスゴイ。 俯き怪しく笑いながら荷台に積んだ樽を浮かしながら運んでいる姿は、なんかもう色んな意味でペリーコロ(危険)さんである。 広場に付きガソリンを入れていると、他の教師からアルビオン宣戦布告を聞いたコルベールがブッ飛んでいた。 「なんですと…!アルビオン軍がタルブ村に!?」 スデに他の教師や生徒達には禁足令が出ているらしい。 「ヤベー状況か?」 「…トリステイン艦隊は司令長官が戦死した上に、残存艦艇も無傷の艦はほとんど無いらしい」 地上戦力も3000対2000で劣っている。 つまり、制空権を抑えられ、蹂躙されるだけという事だ。 「まぁついでだ、あいつに『これ』を見せるっつったからな」 「タ、タルブに行くというのかね!?禁足令が…」 そこまで言って関係無い事に気付いた。 目の前の男は生徒でもなければ貴族でもない。 「ちょ、ちょっと何やってんのよ!」 そこに飛び込んでくるのはルイズだ。 「タルブまで空の散歩だ」 「散歩って…聞いたでしょ!?アルビオン軍が攻めてきたって!!」 「放っといても、そのうちこっちに来んだろーが、それにだ」 「…それに?」 「守んのは性に合わねーんだよ。どうせ相手すんなら打って出た方が早い」 「兄貴の能力じゃここの連中巻き込むしな」 「そういうこった」 必要であれば巻き込むのも躊躇しないが、能力的には敵のド真ん中での能力使用による殲滅が最も適している。 ルイズもグレイトフル・デッドの射程はどのぐらいか聞いていたが、それ以上の射程の大砲でドンパチやっている戦場に行かせる事はできない。 「…こんなのでアルビオン軍に勝てるわけないじゃない!怖くないの…!?死んじゃったらどうするのよ…!!この馬鹿!!」 「怖くねーやつなんていねぇよ。それを上回る『覚悟』を持ってるか持ってねーかってこった。恐怖心を持たないヤツが居たとしたらそいつは、ただの馬鹿だ」 「じゃあ…なんでタルブに行くのよ…!」 泣きそうだが、必死になってこらえる。泣いたところで説教が始まるか、ガン無視されるだけだ。 「言うだろーが、『攻撃は最大の防御』ってな。待ってるだけじゃあ状況が悪くなるだけだ。………こっちだと一応オメーらも仲間なんだからよ」 「あたしとしては『仲間』より『恋人』って言って欲しかったんだけどね」 「な…ッ!何時からそこに居やがった…!」 「おもしろそうな事やってるからさっきからそこに居たんだけど」 よく見るとタバサも隣に居る。 仲間云々の部分はルイズに聞こえない程度の声で言ったつもりだったがしっかりキュルケに聞かれていたらしい。 「ちッ!…時間がねー、オレはもう出るぜ」 「照れなくてもいいじゃない。…あ、でもそんなダーリンも素敵ね」 「レア」 そんなやり取りを見ていたルイズだが、自分も含めて仲間と思っていてくれている事に気付いた。 「…なによ…性に合わないって言ったくせに、結局守るためじゃない」 「ルセーな…あっちに居た時は、オメーらみてーなマンモーニは居ねーんだよ」 ペッシの事はスルーしているが気にしない。 空にペッシが泣き顔で『ひでーや兄貴ィィィ』と言っているような気もしたがこれも無視した。 そう言いながらゼロ戦に乗り込もうとする。 「わ、わたしも、それに乗って行くわ!」 「言っとくが、こいつが墜ちたら死ぬぞ?」 「わたしはあんたのご主人様なのよ!?あんた一人死なせたら…わたしがどうすんのよ!そんなのヤなの!」 ルイズの目をジーっと見る。目は反らさない。 それだけ確認すると、何も言わずゼロ戦に乗り込む。 「な、なによ!こんな時ぐらい言う事聞きなさい!」 しばらくするとゼロ戦の中から破壊音が聞こえ、操縦席から壊れた馬鹿デカイ無線機が放り投げられた。 「ったく…あの時のペッシと同じ目ぇしやがって…言っとくが後ろに席はねーぞ」 組織を離反すると決意した日、マンモーニながら自分達に付いてくると言った弟分と同じような目をしていた。 だからこそペッシと同じようにルイズを連れて行く気になった。 ルイズがゼロ戦に乗り込むと同時に各計器チェック、機銃弾装填確認を行う。 全て良好。旧日本海軍の整備力の高さと固定化の賜物だ。 「ミス・ヴァリエール!…行くな…と言いたいところだが止めても君は行くのだろうから…これだけは言わせて欲しい」 何時に無く真剣な顔のコルベールを見てルイズが操縦席から身を乗り出しそれを見る。 「自分の身を大事にしなさい。わたしから言えるのはそれだけだよ」 「あたし達も『仲間』なんだから付き合うわよ」 キュルケに同意するようにタバサも無言で頷く。 「…ついでだ、纏めて面倒みてやるが、万が一の覚悟ぐらいはてめーでしろよ」 そう言うが、甘くなったなと思う。 イタリアに居た時なら、任務を遂行するためには切り捨てる事も必要だと割り切っていたはずだが ブチャラティの言う事もここに来て分かるような気はしてきた。 「『任務は遂行する』『弟分も守る』『両方』やらなくちゃあならないのが『兄貴』の辛いところ…ってとこか」 「なんか言った?」 「何も言ってねーよ」 「…嘘ね!」 ルイズが後ろで色々五月蝿いがエンジンをかけそれを無視する。 「兄貴、このままだと距離が足りねぇ、前から誰かに風を吹かせてもらわねぇと」 「オメーに分かんのかは理解できねーが…気がきいたな」 「俺は伝説の武器だからよ、ひっついてりゃあ大概の事は分かるさ」 「自分で伝説とか言ってるヤツが一番危ねーんだよ」 「あ、それ結構傷付いた、ヒデーよ兄貴ィ」 「前を見なさい前をーー」 軽口叩きながらコルベールに風を吹かしてくれるように伝える。 風が吹くと同時にブレーキを踏み込みピッチレバーを合わせる。 ブレーキを弱めフルスロットルにすると、勢い良く加速する。 「ぶぶぶぶぶぶ、ぶつかる!」 「舌ぁ噛むぞ黙ってろ!」 後ろでルイズが辞世の句を頭に浮かび上げているが、壁にぶつかる手前で操縦桿を引き上げると、それに合わせゼロ戦も地を離れた。 「素晴らしい…まるで私の信念が形となったようだ…」 このハゲ、ゼロ戦が飛んだ姿を見てどこぞの軍人が乗り移ったご様子で日食の事はすっかり忘れている。 「なにこれ…ホントに飛んでる!」 「しかも、はえーなこいつ、おもしれえ!」 「そりゃあな」 巡航速度程度でも350キロ以上は叩き出せるゼロ戦だ。 フルスロットルなら524キロまで出せる速力を誇る。 当然、キュルケとタバサを乗せたシルフィードは置いていかれている。 「ちょっと、もうあんな先にいかれてるじゃない!もっと速度出ないの!?」 「無理」 (は、速過ぎるのねーー) 二人を乗せている以上出せる速度は決まっているが、乗せていなくても付いていけないである事は今、必死こいて飛んでいるシルフィードが一番よく知っている事だ。 タルブ村に接近するにつれ、村から煙が立ち昇り、ほとんどの家は廃墟と化している。 プロシュート自身、目的の為なら無関係の者を巻き込む事は厭わないタイプだが、この場合は別だ。 明らかに、目的も無いのに破壊行為をしている。 まぁ、それが分かっているからこそ、イラ付きが自分にも向かっているのだが。 「なにこれ…ひどい…」 ルイズが眼下の惨状に目を覆うが、今の自分ではどうする事もできないため、それを見る事しかできない。 「兄貴、一騎来るぜ」 「他はどうしたよ?」 「居るとは思うが…まだ分からん」 その竜騎兵を無視しタルブ村上空を旋回するように飛ぶ。 「ちょっと!なんで何もしないのよ!」 ギャーギャー五月蝿いが無視決め込んでいると、ありえない速度の『竜』に驚いたアルビオン竜騎士隊が全騎囲むようにして、こちらに向かってきていた。 囲みを突破し離脱する形で距離を取ると180°反転し速度を飛行可能速度ギリギリに落すと……群れの中に真正面から『突っ込んだ!』 「な…!なにやってんのよあんたはーーーーッ!反転はともかく減速のわけを言いなさいーーーーーー!!」 「ヤベーって!あいつらのブレスを受けたらこいつでも一瞬で燃え尽きちまうぜ!」 機動と運動性能のみを追求し装甲を全て捨てた機体であるゼロ戦が火竜のブレスを受ければそうなる事は容易に予想できる。 「火竜よりオメーのがあぶねーだろ!」 喚きながら首を絞めようとするルイズをスタンドで阻む。 少しばかり連れてこなけりゃあよかったと思ったが、もう手遅れだ。 「だ、だったら頑張りなさぁぁぁい!こんなとこで死んだら恨んでやるんだから!!」 この状況下で墜とされた場合、両名とも死亡確定なのだがあえて突っ込まない。突っ込んだら負けのような気がする。 「ほほほほ、ほら!かか、囲まれたじゃない!ブ、ブレスがくるわ!」 もうこれ以上無いぐらいルイズがテンパっているが、プロシュートにしてみれば風竜ではなく火竜がブレスを吐くという方が『スゴク良かったッ!!』 「弾は補充が利かねぇからな…このブレスが良いんじゃあねーか! こいつを燃え尽きさせられるぐらいの火力なら、十二分に温まるだろうからよ・・・!」 全騎射程圏内、当然向こうのブレスは届かないがあえて接近した。 「グレイトフル・デッド!」 「ぜ…全滅!?二十騎もの竜騎士がたった三分で…ば、化物か!」 報告を聞いたサー・ジョンストンが喚くが後ろに控えているワルドとしては、この被害は想定済みの事だ。 「やはりガンダールブが出てきましたな」 そんな冷静なワルドを見てプッツンきたのかジョンストンが掴みかかった。 「貴様…!そもそも何故竜騎士隊を預けた貴様がここにいるのだ!臆したか!!」 それを横から見ていたボーウッドが咎めるようにして入ってきたが、矛先がワルドからボーウッドに変わっただけだ。 「何を申すか!竜騎士隊が全滅した責任は貴様にもあるのだぞ!貴様の稚拙な指揮が竜騎士隊の全め…」 喚きながらボーウッドにも掴みかかろうとするが、その途中で言葉が途切れた。 「流れ弾か…ここまで飛んでくるとはな。注意しようではないか子爵」 「ええ、流れ弾ですな」 見るとジョンストンの額に穴が開き、そこから血が吹き出している。 いくら、怪我が魔法で治せるとはいえ、脳に食らえば一発で致命傷だ。 ぬけぬけと言うが、当然流れ弾などではない。 だが、この二人が何もしていない事は回りの船員達が見ている。 「それで、レキシントンの準備は整ったのかね?」 「気付かれないように高度を取りましたので少々手間取りましたが、今終わったようですな」 「偏在か…便利なものだな。しかし、レキシントンを犠牲にする必要があったのかね?」 「私は元魔法衛士隊の隊長ですからな。アンリエッタが出てきている以上、士気は高いでしょうしメイジの比率も多い事はよく知っています」 「士気完全にを打ち砕き、メイジにも止めることができない戦法というわけか… まぁそれはいいとして、全艦に伝達『司令長官戦死。コレヨリ旗艦艦長ガ指揮ヲ執ル』以上」 一方こちらラ・ロシェールに布陣したトリステイン軍だが、ハッキリ言って手詰まりになっていた。 敵はこちらより数が多い三千、おまけに艦隊砲撃の援護付き。 対してこちらは数は二千だが、アンリエッタが陣頭指揮を取っているため士気は高くメイジの数では有利といえた。 「敵艦隊はまだ見えませんが…砲撃に備えて空気の壁で防ぐように手配はしておきました」 国民からはからっきし人気の無いマザリーニではあるが、この男が居なければトリステインなど国として成り立っているかどうか怪しいものだ。 有能だが、周りから評価されていない。どことなく暗殺チームに通じるものがある。 「しかし…砲撃も完全に防げるわけではないでしょうし それを耐えたとしても突撃してくるでしょう。とにかく我々には迎え撃つことしか選択肢はありませんな」 「勝ち目は…ありますか?」 勝算など無い戦いだったが、それをここで言うのは兵の士気にも関わる事だし、それをアンリエッタに言うのも憚られた。 「メイジの数では上回っておりますので…五分五分…といったとこでしょうかな」 そうは言うが実際のところ、上空からの長距離砲撃の前ではそれは意味を成さない。 勝ち目は無いが…やれるところまではやると悲壮な決意をした瞬間、騒がしくなった。 竜騎士が一騎近付いてきたのである。 兵が攻撃を仕掛けるが、風に阻まれる。魔法も同じだ。 そして、竜騎士が近付くと、その正体も分かった。 「…ワルド子爵…裏切り者の貴方が今更何の用がおありですか!」 「ふっ…勇敢な事だな。さすがに兵の士気も高い。お飾りながら国民の人気だけはあるとみえる」 「黙りなさい…!ウェールズ様の仇とらせてもらいます!」 「おお…!恐ろしい、恐ろしい!そんな事をされては返すものも返せなくなります」 「返すもの…?」 「元々は王党派の『物』だったが…必要が無くなったので返しておこうと思いましてな」 「一体何を…!?」 「是非受け取っていただきたい。ウェールズも取り返したいと思っていた物をな」 そう言うとワルドが掻き消え風竜がどこかへ飛んでいく。偏在だったという事だ。 「落ち着きなされ。将が取り乱しては、軍は瞬く間に壊走しますぞ」 そう言われてもアンリエッタの心中では色々な疑念が巻き起こっていた。 返すものとは何か。王党派の物でウェールズも取り返したいと思っていた物… そう考え、空を向くが何かが見えた。 空の大きさから比べれば点のような大きさにすぎなかったが…僅かだが、それが大きくなってきている。 「枢機卿…あれは…?」 そう問われマザリーニも空を見上げる。 瞬間、嫌な予感がした。 そして、その数秒後その予感が的中した事を確信した。 「ア、アルビオンの奴ら…なんという事を…全軍ラ・ロシェールより速やかに離脱!」 「枢機卿…!この後に及んで何を…!」 空を見上げたまま、撤退命令を出したマザリーニに憤りかけるも 顔が尋常じゃなかったので、もう一度空を見上げると、その意味を理解し自身も固まっているマザリーニをユニコーンに乗せ兵と共にラ・ロシェールから逃げる。 「気付いたようだが、もう遅い!」 遥か上空から何か巨大な物がトリステイン軍目掛け落ちてきている。 「『レキシントン』号だッ!!」 落下の微調整を風で行っていたのは当然偏在のワルドだ。 船体にはこれでもかというぐらい火薬が仕込まれている。 それに気付いたトリステイン軍だが、落下により加速した巨大戦艦レキシントンを止める術などありはしない。 文字どおり壊走し逃げ惑う。 「ブッ潰れろぉぉぉぉ!!」 最高に『ハイ!』になった偏在のワルドが地面と激突する20秒ほど前に船体に火を付ける。 そうして船体が燃え上がり、地面に激突すると同時にレキシントンが大爆発を起こした。 「き、旗艦を…こんな事に使うなどとは…!」 アンリエッタとマザリーニは辛うじて爆発から逃れたものの、他はもうスデに壊走していると言ってもいい状態で、被害状況すら分かりはしない。 もちろん、このまま壊走状態のままでは、何もせずに敗北するであろうことは十分に分かっている。 「部隊の再編を…被害状況も確認しなければ」 生き残った将軍と素早く打ち合わせをするが、遥か彼方から下がりに下がった士気にトドメを刺す光景を見る事になった。 「……なんだ…あの船は…」 歴戦の将軍ですら、我を忘れたかのようにその船を凝視している。 その目には、あの巨大戦艦『レキシントン』よりも一、二回り大きく、さらに装甲を金属で覆った艦が空を飛んでいる光景が目に映っていた。 その船からボーウッドがラ・ロシェールを見ている。 『レキシントン号だッ!』作戦には本来乗り気ではなかったが、この船を見た瞬間気が変わった。 装甲を金属で覆い、さらに、あのクロムウェルが連れてきたシェフィールドと呼ばれる女がもたらした技術より格段に上の装備のこの船を。 少し後ろを見る。 そこには、ワルドが召喚した使い魔が鎮座していた。 正直なところ、この船が存在するのが使い魔のおかげだなど未だ半信半疑だ。 確かにジョンストンなどより、余程司令長官らしい佇まいをしている。 船長服を身に纏い、パイプを吸っている姿など、憎たらしいぐらい余裕あり気だ。 これが、人間であればまだ納得できたであろうが… 「『ストレングス』か…確かにレキシントンが玩具に見える船だが…」 そう呟き視線を前に戻す。 その使い魔の正体は広義で見れば『猿』だった。 ←To be continued
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「どうぞごゆっくり…」 ミス・ロングビルこと土のフーケ、彼女が目の前に出された料理を見る。 特に変わったようには見えないが、これがここ最近、学園でも噂の魔法の料理なのだ! ゼロのルイズ。 落ちこぼれと評判の生徒がサモン・サーヴァントで平民を呼び出した。 これだけならただの笑い話である。 そして彼がコックとわかった時、これもただのコックならさらに良い笑い話になっただろう。 だがしかし!彼はただのコックではなかった! なんと彼の料理を食べた者は健康になり、その味は天上の美味とまで称されたのである! そして、長い長い予約待ちのすえ、ついに噂の料理を味わう時がきたのである! (さ~て、噂は何処まで本当なのかしら?) 料理を食べた彼女は己の身に起こったことにただただ驚愕した! そしてその凄まじい効果に! 長年悩まされた便秘が治り、最後のデザートの美肌効果を目の当たりにしたとき 彼女は盗賊としての仕事は休業し、この学園にとどまる事を決心したのだ! 「貴方は、貴方は本当に素晴らしい料理人です、トニオさん!」 「喜んでもらえて嬉しいです」 ゼロの料理人 完
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学院の襲撃劇から一週間後。 「お入りなさい、ルイズ」 アンリエッタの声が、トリステインの王宮に響き渡る。 「失礼します、姫……女王様」 「いやね、私とあなたの仲じゃない、今までどおり姫様でいいわ」 フフ、と笑みを漏らすアンリエッタに、ルイズはぎこちない笑顔を返した。 それを見たアンリエッタは、ふとわれに返ったように話し出した。 「ルイズ。学院では災難だったようね。教員には死者も出てしまったとか」 「はい。姫様、やはりアルビオンの手勢の仕業ですか?」 「おそらくそうでしょうね。いまの段階では詳しいことまではわかっていないけど」 ルイズは唇をぎゅっとかみ締める。 「やはり、これが戦争なのですね……私はいままで戦争のことを甘く見ていたのかもしれません」 「どういうことかしら?」 「私はあの襲撃があるまで、敵を、アルビオンを憎らしく思うばかりでした。ただアルビオンをやっつけてやる、敵をやっつけてヴァリエール家のみんなを見返してやるって思ってました。でも、コルベール先生が死んでしまってからは、なんだか怖いんです。はは、可笑しいですよね。笑ってください。私のような愚かな臆病者がヴァリエール家の名前を受け継ぐ資格なんてないんだわ」 「可笑しくなんかありませんわ。ルイズ。それは生き物として正当な事です。それにあなたのことを誰が臆病者なんて笑いますか。そうですね、マザリーニ?」 女王は傍らにかしずく家臣に語りかけた。 「左様でございます。伝説に聞こえた勇者といえども、一大決戦の前には恐れを抱いたと言い伝えられております。ましてやあなたは貴族といえどもまだ乙女。そのようなお方が勇気をもてあそばれていれば、私ども男は立つ瀬がありませぬ」 「まったく、しょうがないやつだよ」と、愚痴をこぼすのは岸辺露伴にたいし、 「仕方がないだろう。ルイズはまだ16なんだ。人の死を経験するには多感すぎる」 とため息がちに返すのはブチャラティであった。 「相変わらず使い魔さんは面白い方たちですわね」 アンリエッタは微笑んだ。奇妙に権威の高くなっているアンリエッタの威厳がややなくなりほっとしたルイズは本題に入ることにした。 「ところで、私と使い魔に旅立ちの用意をさせるとのことですが、ついにアルビオンに行くのですか?」 アンリエッタは顔に陰のある表情を見せる。 「ええ、いまわがほうの艦隊がアルビオンに向かっています。その艦隊がアルビオンの艦隊にかち、ロサイスの軍港を手に入れれば私たちは出発します」 「勝てるのですか?」 「そのために新種の軍船と、アルビオン人の士官を艦隊につけましたが……正直どうなるかわかりませぬ」代わりにマザリーニが答え、窓の外を憂うように見た。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 「始まりましたな」 アルビオン空軍司令官は、艦長のその言葉に、うむ、と頷いた。 ひとまずは、彼の望んでいるとおりに、常套的に戦闘が進んでいる。 アルビオンの誇る竜騎士隊。そのうちの風竜が、敵艦隊の上空に到達したのだ。 彼らの任務は、敵竜騎士と交戦し、あるいは、彼らより足の遅い火竜を護衛することである。 ことハルケギニアに関して言えば、アルビオンの風竜騎士隊に対して、互角に戦える竜騎士隊はない。 しかも、今回のトリステイン艦隊には、ごくわずかしか、竜騎士の護衛がいないのだ。 トリステインからアルビオン大陸まで到達し、そのまま戦闘できる竜騎士は存在し得ない。 そこまで竜を操る人が、疲労困憊を極めて戦闘不能になるのだ。 そのため、彼らには、戦列艦の甲板に乗り合わせた少数の竜しかないハズである。 それも、アルビオンの、熟練の竜騎士にかかっては戦力たりえないだろう。 アルビオン大陸を防衛する、守る側の利点の一つといえた。 艦長達の見据える視線の先では、彼らの望む地獄が始まっていた。 トリステイン空軍は喧騒に包まれた。 「方向右方二十度ッ! 敵竜騎士二十頭、来ます!!!」 「迎撃ヨーゥイ!!」 「火竜、こちらに向かって接近!」「五頭、近いッ!」 「帆を守れ!」 「速力を落とすな!」 「ヘッジホッグ用意!」 最後の怒号とともに、船の甲板に多数の投石器が甲板に並べられた。 そこに搭載されるのは、火縄で数珠のように連なったちいさな砲弾たち。 「照準、上に4コマ、右に6コマ修正ッ!」 「一番右のやつだ! 狙えッ!」 平民の士官により、手慣れた手つきで操作する自由アルビオン軍の兵。 その砲弾はディテクトマジックの応用魔法がかかっており、 竜騎士のような、魔力を持つ生物に接近すると発火する仕組みになっていた。 「射ェーッ!」 狂気の花火がはなたれた。 多くがむなしく虚空へと消え去っていく中。 わずかにだが本懐を遂げる砲弾たちがあった。 火につつまれ、堕ちてゆく竜がある。 だが、それ以外の火竜は、弾幕を無視した。 怒涛のごとく、艦船に突撃を続行する。 自身が火達磨の状態で突っ込む竜騎士もある。 その火の塊は、一隻の小型艦艇と衝突した。 「『ハーマイオニー』大破ッ! 炎上!」 「高度が低下してゆきます!」 ―― ボーウッドは、その戦闘風景を、自分の竜母艦『ヴュセンタール』の指揮所にて、艦長として眺めていた。 誰が見ても、戦端が開かれたのはわかっている。 だが、そのなか、副長はあえて報告した。 「艦長、戦闘が開始されたようです」 ここからでは、『ハーマイオニー』の高度の低下が、これ以上の被害を受けないための措置なのか、損傷のための墜落なのかはわからない。 このフネ、『ヴュセンタール』は、それほどまでに戦場空域から離れていた。 「うむ。わかった」 副長の、報告の形をとった問いかけに対し、艦長のボーウッドは、彼の期待したような交戦命令は発しなかった。 副長は自分の上司に、とてつもなく深刻な疑問を抱いた。 このアルビオン人は信用できるのだろうか? 仮に信用できたとして、はたして有能なのか? 「副長」 「ハッ」副長は敬礼を返す。彼は思った。 隷下の竜騎士隊たちにたいし、いよいよ出撃命令を下すのだろうか? この艦長、ボーウッドは、なぜか竜を甲板にも出さず、格納室へ待機させたままだ。 副長の見るところ、すでに友軍の竜騎士、戦列艦付きの竜騎士隊は圧倒されつつある。 今のままでは、敵の竜に戦場の制空権を奪われかねない。 われらの艦長はあくまでも冷静のようだが。と副長は内心考えていた。 臆病風にでも吹かれたか? このアルビオン人は? 副長のその思考を、当の艦長が邪魔した。 「我々は、この『竜母艦』が戦闘艦であることを熟知している。だが、敵のアルビオン艦隊からしてみれば、どのような艦種に見えるだろうか?」 副長は、自分の直接の指揮官に対し、最低限度の礼は守った。 「……おそらく、彼らは本艦を輸送艦と思うでしょうな」 「そうだな。本官もそう思う」 だれがいったか、 「……艦長、命令を」 この言葉は、艦長以外の、指揮所に居合わせたトリステイン軍人の総意でもある。 ボーウッドは、戦場を眺めながらゆっくり口を開いた。 「本艦を輸送船とみなしているのであれば、交戦中は、我々を脅威とはみなすまい」 副長は、艦長の言うことがいまひとつわからないでいた。 この間艦長は、アカデミーで学生を相手に講義するプロフェッサーのような態度で部下に接している。 「戦術教義上、艦隊から離れている輸送艦を攻撃するときは、余力が発生したとき。勝負が決したときである。 すなわち、彼らが勝ったと思っているときだ。そのときまで、彼らはこの『輸送艦』を略奪すまい」 「……どういうことでしょうか?」 「だから、その決定的な局面まで、本艦は攻撃を受けずにやり過ごすことができる」 副長は険のかかった顔を前面に押し出し、はっきりと詰問した。 「艦長の真意をお聞かせ願いたい」 ボーウッドはそれに答えず、たった一つ、命令を発した。 「竜騎士隊たちに令達。別命あるまで待機」 副官は開いた口がふさがらない思いだった。 ボーウッド、いや、この男は戦わないつもりなのか? ―― 小さな敵の船がたくさんこちらにやってくる! レドウタブール号の甲板に居合わせた、マリコルヌがそう思っていると、彼の目の前に鉄の塊が突き刺さった。 なに、これ…… あ、敵の放ったバリスタの矢か…… 彼がそこまで考えたとき、マリコルヌは頬を思い切り叩かれた。 見れば、のこぎりを持った平民が自分を怒鳴りつけている。 「バカ野郎! メイジならさっさと魔法を唱えて敵を止めろ!」 そういって、彼は甲板に突き刺さったバリスタの先を指差した。 そのバリスタの矢尻には、巨大な鉄の鎖がついており、その先は敵の船につながっている。 そして、その鎖をわたって、敵のメイジたちがやってきている!!! マリコルヌは恐慌のうちに、わけもわからず魔法を唱え、放った。 偶然か、必然か? マリコルヌの放った魔法は、一人の若いメイジをかすった。 結果、彼を鎖から引き離した。 その敵メイジは中空に静止する。 その男は『フライ』を唱えているため、彼に、魔法による攻撃戦力はなくなった。 とにかく、マリコルヌは一人の敵メイジの無力化に成功した。 だが、事態は刻一刻と変化を遂げている。 マリコルヌは、自分の戦果を確認する暇も与えられないまま、新たな目標に向かって攻撃魔法を唱え続けた。 その周りで、船員たちの怒号が鳴り響く。 「急いで鎖を切断しろ!」 そうどなる水兵は鉈を持っている。 「接舷されたら降下猟兵が降って来るぞ!」 斧を持った男がそれに応じる。 「こっちにも手斧を頼む! 至急だ!」 どこかから野太い怒号が聞こえる。 「くそっ! どんどん引き寄せられているぞ!」 「弓兵、矢を増やせ!」 「近接戦闘用意! 来るぞ! 槍衾だ!」 この後、マリコルヌに理解できた言葉はなくなった。 彼は、自分が今、何をしているかもわからなくなったからだ。 かろうじて自分が小便を漏らしているのがわかる。 だが。 自分がどの魔法を唱えているのか。 隣にいる人の気配は、敵なのか。それとも味方なのか。 それすらもわからないまま、マリコルヌは杖を振り続ける。 ―― ボーウッドの、先ほどの副長との会話から半刻後。 「君、トリステインでも、竜騎士たちは狐狩りをするのかね? その、竜に乗って」 「ええ、行いますが。それが何か?」 彼にそういわれた若い竜騎士、ルネ・フォンクは怒気を隠さずに答えた。 竜母艦の指揮所に呼ばれ、すわ出撃か、と思ったらこれだ。 何をのんきな。 一体この男は何を考えているんだ? やっぱりみんなの言っていたとおり、このアルビオン人は裏切っていたのか? 「それでは、君ならばわかるだろう。戦と狩は根本的な所で同一なのだ」 それはそうだろう、とルネは思う。 犬に周りを囲ませて退路をふさぎ、自分たち竜騎士と犬で目標を討つ。 現に今。 犬をアルビオン艦艇に例えれば。 友軍の艦隊が、狐のように包囲されてしまっているのだ。 しかも、戦列艦による艦砲射撃のおまけつきだ。 初陣の自分でも、トリステイン艦隊が負け始めていることがわかる。 そのような状態で、このフネは戦闘に加わることも無く、自分の高度を上げ続けている。 「そんなことっ、士官学校を出たものならば常識のことです」 ルネは、己の持つ最大限の自制心を発揮した。 「ならば、なおのこと良い。ふむ、トリステインの士官学校は、聞いていたほどには堕ちていない様だな」 なかばたたきつけるように返答したルネに対し、ボーウッドはあくまでも鷹揚に返す。 このアルビオン人を戦死させようか? 『流れ弾』にあたった、『不幸な戦死』をあたえるべきだろうか? ルネがそこまで思いつめ始めたとき、不意に、当の士官から質問された。 「君、狐狩りの最中に、竜騎士が守るべき三大規範は何だ?」 あまりにも戦場とは異なる質問。 その思わぬ質問に、唖然としながらも、ルネは返答することができた。 「まず、獲物に反撃されないように注意すること。次に、獲物に狙いをつけた人と、その獲物の間に自分の身をさらさないこと。最後に、獲物を狙って急降下している、他の竜の進路を邪魔しないこと。以上のみっつです」 ボーウッドはうなずいた。 「そのとおりだ。ならば、諸君ら竜騎士隊に対し、今から命令を発す。 アルビオンの狩人たちに対し、その規範を破りたまえ。可及的速やかにだ」 ルネたち竜騎士は、一瞬の遅れの後、敬礼を返す。 ボーウッドは簡素な敬礼を返しながらも、簡潔に続けた。 「だが、まずは生き残ることを考えろ。彼らは、君たちよりもよほど竜の扱いに長けている。敵にとっては、動いて、生き続けている的が多いほど、獲物に対する狙いがつけにくくなるのだ。さあ、行きたまえ。出撃だ」 「「ハッ!!!」」 ルネ・フォンクと仲間たちは、はじかれたように、自分の竜のもとへと駆け出した。 彼ら自身が狩人となる為に。 または、獲物と成り果てる為に。 彼らまだは知らない。 同じ船に乗るマンティコア隊とグリフォン隊には、別の命令が発せられたことを。 ―― アルビオン竜騎士団、風竜第三連隊、通称銀衛連隊。 その隊長、サ-・アンソニーは己の竜を操りながら、眼下で繰り広げられている戦況を冷静に俯瞰した。 そこでは、敵である戦列艦隊群を小型のスループ船が包囲している。 味方のスループ船が二手に別れた、二つの縦列陣。 一方は敵進路の右方に展開し、もうひとつは後方へと回り込んでいる。 彼らは、遠方からの援護射撃の元、大型船の戦列艦と互角以上に戦っていた。 味方の小型艦は、勇敢にも戦列艦に接舷し、突っ込み、乗員を敵甲板に乗り移らせている。 まるで海賊だな。 彼はそう思ったが、実際は海賊以上であった。 小型艦があまりにも接近したため、敵戦列艦の砲撃では、彼ら自身も誘爆をおこしかねい状況だ。 また、敵艦のうちいくつかは、高度をとることを試みている。 だが。 「クオックス小隊、降下開始!」 アンソニーの近くで、輪乗りをしていた火竜の乗り手が叫ぶ。 その掛け声とともに。 合計十五頭の火竜が、高度を上げ始めた敵艦にたいし急降下を開始した。 一方で、すでにそのような急降下を終え、敵の帆を焼き払った竜騎士隊がいた。 彼らは高度をあげ、元の攻撃開始座標まで上昇するつもりだ。 今のところ、我々は勝利しつつある。 アンソニーには、戦場で、そのように考える余裕があった。 その理由は、彼がベテランの竜遣いであったからだ。 だが、一番の理由は、彼ら風竜の主敵である、敵竜騎士隊を全滅させてしまったからである。 現在、高度を上げつつある火竜部隊。 たしか、スワローテイル小隊だったな。 アンソニーがそう思ったとき、彼らの統制の取れた隊形が。 急にバラバラに乱れていく光景を目の当たりにした。 「各隊、散開!」 彼は無意識のうちにそう叫んだ。 だが。 その命令は、一寸程遅かった。 次の瞬間、猛烈な魔法の奔流が、はるか上空から彼らに襲い掛かった。 今の一撃で、アルビオンの竜騎士の半数が失われた。 歴戦の戦士であるアンソニーの脳裏に、そのような電算結果がはじき出された。 「糞ッ!!!」 彼自身はそういいつつ、自分の風竜に回避のため旋回行動をとらせた。 何よりも痛いのは、この混乱のせいで、まともな指揮が取れなくなったことだ。 彼がそう考えているうちに、間抜けな味方から、次々に打ち落とされていく。 ―― ルネ・フォンクとその仲間達は、敵の誰にも気づかれること無く、戦場の上空に到達することができた。 彼らの真下には、負け始めた味方。 ルネと味方との間に、うようよといる敵竜騎士。 ルネ達は太陽を背にし、急降下を始めた。 無論、魔法を唱えながら。 彼らが急降下しながら放った最初の一撃が、敵にとって一番の致命弾であった。 ルネらの存在は直前まで敵に知られることが無かった。 そのため、ルネたちは思い思いに、自分が得意とした大魔法を唱えることができた。 彼らの大規模な効力魔法射撃により、敵火竜の殲滅に成功する。 一部風竜の撃墜にも成功した。 だが、さすがはアルビオン竜騎士団。 この状態で、かなりの風竜騎士が奇襲の回避に成功している。 彼らは、竜の手綱を翻し、すかさず反撃に移る。 高度の差の不利にもかかわらず。 彼らはトリステイン竜騎士達の後ろにぴったりと張り付いた。 トリステインとアルビオンの竜騎士の技量の差である。 だが、このとき。 ルネたちトリステイン竜騎士は、ボーウッドから教えられた新戦法を実行していた。 アルビオンの狩人が、トリステインの竜の後ろに付き続ける。 しかし、トリステインの戦士は戦士らしからぬ態度を見せた。 彼らは、ひたすら逃げに打って出たのだ。 しかも、高度をとりながら。 高度をとる、ということは、減速することと同義である。 たちまち追いついたアルビオン竜騎士が、杖を振り下ろす。 否、振り下ろさんとするとき。 まさに、そのとき。 太陽のぎらついた輝きの中から、新たなトリステインの竜騎士隊がその戦渦に突入した。 今までいた敵に狙いをつけていたアルビオン竜騎士は、その流れにまったく付いていけない。 アルビオンの狩人に、攻撃を食らって墜落する者が続出した。 攻撃を食らわずに済んだ狩人たちも。 新たな騎士と今までの騎士。 どちらに狙いをつけるか決めかねた。 また、決めた人間も。 狙いをつけたとたんに、そのトリステインの竜は逃げ出す。 それを追いかけるうちに、別の戦士に攻撃される。 アルビオンの竜騎士達は。 こうして、戦場の狩人たる資格を失っていった。 ―― 「いったいどうしたのだ、これは!」 アルビオン軍の司令官はそう叫んだ。 乗り合わせた、レコンキスタの政治将校とともに。 彼は驚愕した。アルビオンの竜騎士は、世界最強ではなかったか? だが、その疑問は晴らされることは無かった。 「敵襲ゥ!!!」 その絶叫で、彼はようやく自分の乗る戦列艦が襲撃されているのを自覚した。 だが、何者によって? 政治将校は、その襲撃の報告を虚言と信じた。いや、自分を騙した。 トリステイン艦隊の、戦列艦すべてはかなり遠くにある。 トリステインの竜騎士は、アルビオンの竜騎士に対して(信じがたいことに)互角以上に戦っている。 そんななか、戦列艦の砲射撃にかまわず攻撃できる敵戦力があるとはとても考えられない。 そのように考えている彼の指揮所に、一匹のマンティコアが侵入してきた。 これは夢だ。 「敵のマンティコアなど、ここまで飛んでこられるわけがない! ハルケギニアの大陸まで、どれだけあると思っている!!!!」 彼の、喰われるまえの最後の叫びだった。 ―― 「勝ちましたな」 そういった副長は、肝心のボーウッドが相変わらず仏頂面な事実に内心驚いていた。 護衛艦を欠いた敵戦列艦にとって、有効な攻撃手段は艦砲射撃のみである。 ボーウッドの命によって、幾十もの獣が、戦列艦の甲板員を食いちぎっていく。 彼らに、反撃するすべは無きに等しい。 敵総指揮官が乗ったと思われる戦列艦群から、敵戦艦がひとつずつ、だが、確実に堕ちて行く。 味方の艦隊も、ボーウッドが放った竜騎士隊の援護を受け、徐々に制空権を取り戻しつつある。 彼らが勝利を収めるのは時間の問題であった。 「副長、ここでこういうのもなんだがな」 ボーウッドは、副長を見もせずに話しかけていた。 「ハッ、何でしょうか」 「私は、人殺しというものが好きではないのだ」 ボーウッドに向かって、思わず敬礼を行った副長は。 この勝利をもたらした張本人に個人的な敬意を感じ始めていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 昼。ガリア王宮にて。 ドッピオが王宮の主、ジョゼフに報告を行っていた。 「トリステインも、あの学院襲撃にあいようやく重い腰を上げたようです」 「いよいよ、アルビオンでの戦いの火蓋は切られたようだな。結構結構」 王座の主は鷹揚に笑う。その目線の先には、アルビオンのロサイス港が映見の鏡に映されていた。所々戦争の煙がたなびいている。 「いいんですか?せっかく苦労してあのクロムウェルを帝位につけたのに」 「気にするな。苦労したのは私ではない。お前だ」 「……そうですけど」 「それに資金はたっぷりとある。お前が売りさばいた麻薬の資金がな」 「ひょっとしてパッショーネの資金、全部つかっちゃったんですか?」 「いいではないかドッピオ。狗の相手よりは戦処女の相手をしたほうが万倍も色気があるというものだ。さあ、アルビオンに向かうのだ。混乱の刻印を刻みに。死者の慟哭を叫びに」 「了解しました。王様」 ドッピオは敬礼をかざし、王宮の間から退出した。 しばらくの時間のあと、ジョゼフは王の椅子から立ち上がった。 沈黙の後、王の口元からクックックと笑いがこぼれる。 「わが弟、シャルルよ。見ているか、お前の弟の悪業を。オレはここまでやっても心は痛まぬ。お前を殺したときの後悔等と比べれば今の心の痛みなど無いも同然。お前は優しいからあの世から嘆いているだろうな。今ごろ自分がガリア王になっていればと、そう思っているのではないか?今さら遅いわ。すべてはオレがお前を殺した10年前から事態は転げ始めていたのだ」ジョゼフは気にした風もなくメイドをよび、ワインをグラスに注がせた。 「わが弟よ。お前のいない世界はなんと感情を感じぬのか!このくだらない世界など……いや、あえて言うまい。シャルルよ、あの世から見ておけ。俺はこの世界で自分がどこまでやれるか試してやるつもりだ。このブリミルの世界に、どこまでオレの劣情が刻みつけられるのか。その暁には、おそらくひどく後悔するのだろうな。ああ、わくわくするぞ。どきどきするぞ。後悔と懺悔が漣のように我が身を襲うのであろうな!それを思うだけで今から果ててしまいそうだ!」ジョセフの高笑いはその後しばらく続いたのであった。